「…………由衣」
ためらうようにその名を呼んだ男が、今度は確かに由良へとふれる。
さらり、と指の間を茶色の髪がすり抜ける。
微かに温かくなった瞳とは裏腹に、吐き出された言葉は思いもよらない冷たいもので。
「ほんと、なんで会っちゃうかなぁ」
「………っ……」
由良の肩が小さく震える。
男はその髪を弄びながら、ぽつりと呟いた。
「………今この瞬間のせいで、今までの計画が全部水の泡。」
吐き捨てるような声。
その漆黒の瞳の奥は、さっきの温かさなんて微塵も感じさせないくらいに冷えていた。
けれど、それに負けじと由良も言い返して───。
「由良の、せいだよっ…………」
「────」
掠れた叫びに、男が小さく息を呑む。
「由良が、あのとき…っ……」
嗚咽に飲まれて、言葉が最後まで続かない。
沈黙が落ちる。
男はしばらく何も言わなかった。
ただ、苦しそうに目を伏せて――。
ぎゅっと、その拳を硬く握りしめていた。
「────そうだね」
ぽつりと落ちた声。
「全部、俺が悪かった」
諦めたみたいな声音だった。
由良の肩が大きく震える。
そして――。
男はゆっくりと、その体を抱き寄せた。
「だから………そんな顔、しないで」
低い、今にも途切れてしまいそうな声。
それは、今まで押し殺していた感情が、滲み出すみたいに震えていた。
「………ふっ、……ぅ……」
由良は男の服を掴んだまま、俯いていた。
しばらく、沈黙が続く。
やがて男が、小さく息を吐いた。
「……場所、変えよ」
本当に小さな声だった。
────けれど、由良はそれに反応して。
由良が小さく頷く。
男はそのまま踵を返した。
由良も、ゆっくりと後を追う。
────その背中を見た瞬間。
今まで止まっていた思考が、一気に現実へと引き戻された。
(待て……っ)
────行かせるな。
また、届かなくなる。

