君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~


「…………別に、お前が呼びたいように呼べばいいんじゃねぇの」

気がつけば、そう返していた。


………呼び方って、意識してもすぐに直せるものじゃないだろうし。


いつか、いつか────
”蓮”って、呼んでもらえるのなら。


今は、このままで────



「………はい」


小さく返事をした由良が、どこか安心したみたいに肩の力を抜く。

その様子を見て、胸の奥に引っかかっていた妙な苛立ちが少しだけ薄れた。


……なんだ。
そんなことで悩んでたのかよ。

そう思いながらも、完全には落ち着かない。


さっきの男――湊に向けていた、あの自然な距離感。

名前を呼ぶ時の空気。
昔話をしていた時の顔。

全部が、まだ頭のどこかに残っている。




「…………」


沈黙。

店内には落ち着いた音楽が流れていて、時々カップの触れ合う小さな音が聞こえる。

窓の外では人が行き交っているのに、この席だけ妙に静かだった。



────その静けさの中で、ふと別のことが頭に浮かぶ。


──由良。

それは今の“名前”だ。
男装している時の名前。
みんなが呼んでいる名前。

…………じゃあ。



「由良、お前の─────」


─────本当の、名前は。









カランカラン───。

不意に、店の入口でベルが鳴った。


「いらっしゃいませー」

店員の明るい声が響く。


その声に反応するみたいに、由良が何気なく入口の方へ視線を向けた。

───その瞬間だった。


………由良の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれた。

息を呑む音すら聞こえた気がした。



「────え」



掠れた声が、小さく漏れる。


その反応に、俺も反射的に入口の方へと視線を向けた。

男女数人の、グループ。


きっと、仲のいい友人同士で休日に遊びに来たんだろう。流れている空気は、華やかだった。
けれど────。



中心に立つ男一人が、あきらかに別格だった。


……………なんだ、あいつ。

最初に浮かんだのは、そんな感想だった。



妙に目を引く男だった。
中性的な顔立ちと、感情の薄そうな静かな目。

その瞳が、静かに由良を捉えた瞬間。



───まるで、ずっと探していたものを見つけたみたいに。


ハッと、男の目が見開かれた。