君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~

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「ここでいいんですか?」

由良が足を止めて、小さく確認するように聞く。


「ああ、そこだ」


短く返して、先にドアへ手を伸ばす。

ガラスの扉を押すと、カランカラン、と軽いベルの音が鳴った。



「いらっしゃいませ」


柔らかい声に迎えられて、すぐに店員がこちらへ歩いてくる。

落ち着いた雰囲気の女性で、手慣れた様子でメニューを持ち上げた。



「お二人様でよろしいでしょうか?」

「ああ」



短くそう返すと、店員は軽く会釈して奥の方へと先導する。

木目調の床を踏む音が静かに響いて、窓際の席へ案内された。


外の通りがちょうど見える位置。
けれど、ガラス一枚隔てるだけで世界が遠い。



「こちらのお席でよろしいですか?」

「問題ないです」


由良が小さく答える。


その声を聞いて、店員は静かにメニューを置いて離れていった。

二人きりになると、急に空気が落ち着く。
さっきまでの街の雑音も、人の気配も、ほとんど感じない。



「……蓮さん」


席に腰を下ろしながら、由良がぽつりと俺の名前を呼んだ。
その声は小さいのに、妙に引っかかる。



「………どうした?」

「”蓮さん”呼び、イヤでしたか………?」



「…………は?」


思わず間抜けな声が出た。

コイツ……妙に静かだと思ったら、ずっとそのことを悩んでたのか……?



「別に、嫌っていうわけじゃねぇけど………」


俺より少し後に出会ったはずの李兎たちだって、呼び捨てなのに。
さっきの男だって呼び捨てなのに。


俺だけが”さん”付けで、少し……疎外感を感じたから。………距離を、感じたから。



「私、人との距離を測るのが苦手なんです」

「…………」

「だから、どう呼んでいいのかわからなくて……」


由良はそう言って、少しだけ視線を落とした。

メニューの端を指でなぞる動きが、さっきよりもゆっくりになる。


………なるほどな。

さっきの男みたいに自然に名前で呼ぶやつもいれば、俺みたいに「さん付け」のまま止まるやつもいる。


…………その違いが、そのまま“距離”になってるだけだ。