─── ♠ ───
いつの間にか、空はゆっくりと色を変えていた。
茜色だった水平線は、少しずつ濃紺に侵食されていき。
遠くの海が、夜を連れてくる。
そろそろ帰るか──
そんな言葉を考えかけた、その時だった。
ふっ、と。
目の前に、冷たい影が落ちる。
「…………?」
空気が変わった。
さっきまで確かにあった穏やかな熱が、一瞬で冷え切っていく。
まるで本能で察知したみたいに、腕の中にいた由良の肩が小さく震えた。
「……っ」
その反応に、俺の神経が一気に張り詰める。
由良を庇うように、一歩前へ出た。
潮風が、やけに冷たい。
「………おい、」
低い声。
まだどこか幼さの残る、声変わり途中みたいな不安定な響き。
──なのに。その奥に潜む殺気だけが、異様なほど鋭かった。
子どもの声じゃない。
もっと、刃物みたいに冷たい何か。
俺はゆっくりと視線を上げる。
そこに立っていたのは、全身を黒で統一した男だった。
夜に溶け込むような漆黒の服。
耳には無数のピアス。
……年齢は、中学生くらいか。
だが、その瞳だけは妙に完成されていた。
感情を削ぎ落としたみたいに無機質で。
不気味なほど静かで。
………まるで、“人を壊すこと”に慣れている目だった。
「翔(カケル)………」
「…………」
由良が小さくその名前を呟く。
"カケル"と呼ばれた男は、何も言わないまま顎をしゃくった。
“来い”
ただそれだけを示す、無言の命令。
───あるいは。
部外者である俺への、露骨な拒絶。
「何の用────ああ、」
由良が何かに納得したように目を細める。
───次の瞬間。
俺の腕の中から、するりと抜け出した。
まるで最初から、そこに収まってなんかいなかったみたいに簡単に。
「……………」
胸の奥が、嫌な音を立てる。
さっきまで、あんなに泣いていたくせに。
あんなに俺へ縋っていたくせに。
今の由良は、もう俺を見ていなかった。
そこにあるのは、冷え切った事務的な横顔。
感情を全部閉じ込めたみたいな、“俺の知らない顔”。
由良は迷いなく"カケル"の方へ歩いていく。
警戒もない。
躊躇もない。
……その距離感が、逆に胸をざわつかせた。
……なんだよ、それ。
俺の知らない場所で。
俺の知らない時間の中で。
お前は、そいつとどんな関係を築いてきた?
向けられる信頼。
いや──もっと深い。
簡単には踏み込めない……“共犯者”みたいな空気。
───それを見た瞬間。
さっきとは違う意味で、心臓が激しく鳴った。
伸ばしかけた手が、空中で止まる。
行き場を失った指先だけが、夜風の中でやけに白く浮かんでいた。
いつの間にか、空はゆっくりと色を変えていた。
茜色だった水平線は、少しずつ濃紺に侵食されていき。
遠くの海が、夜を連れてくる。
そろそろ帰るか──
そんな言葉を考えかけた、その時だった。
ふっ、と。
目の前に、冷たい影が落ちる。
「…………?」
空気が変わった。
さっきまで確かにあった穏やかな熱が、一瞬で冷え切っていく。
まるで本能で察知したみたいに、腕の中にいた由良の肩が小さく震えた。
「……っ」
その反応に、俺の神経が一気に張り詰める。
由良を庇うように、一歩前へ出た。
潮風が、やけに冷たい。
「………おい、」
低い声。
まだどこか幼さの残る、声変わり途中みたいな不安定な響き。
──なのに。その奥に潜む殺気だけが、異様なほど鋭かった。
子どもの声じゃない。
もっと、刃物みたいに冷たい何か。
俺はゆっくりと視線を上げる。
そこに立っていたのは、全身を黒で統一した男だった。
夜に溶け込むような漆黒の服。
耳には無数のピアス。
……年齢は、中学生くらいか。
だが、その瞳だけは妙に完成されていた。
感情を削ぎ落としたみたいに無機質で。
不気味なほど静かで。
………まるで、“人を壊すこと”に慣れている目だった。
「翔(カケル)………」
「…………」
由良が小さくその名前を呟く。
"カケル"と呼ばれた男は、何も言わないまま顎をしゃくった。
“来い”
ただそれだけを示す、無言の命令。
───あるいは。
部外者である俺への、露骨な拒絶。
「何の用────ああ、」
由良が何かに納得したように目を細める。
───次の瞬間。
俺の腕の中から、するりと抜け出した。
まるで最初から、そこに収まってなんかいなかったみたいに簡単に。
「……………」
胸の奥が、嫌な音を立てる。
さっきまで、あんなに泣いていたくせに。
あんなに俺へ縋っていたくせに。
今の由良は、もう俺を見ていなかった。
そこにあるのは、冷え切った事務的な横顔。
感情を全部閉じ込めたみたいな、“俺の知らない顔”。
由良は迷いなく"カケル"の方へ歩いていく。
警戒もない。
躊躇もない。
……その距離感が、逆に胸をざわつかせた。
……なんだよ、それ。
俺の知らない場所で。
俺の知らない時間の中で。
お前は、そいつとどんな関係を築いてきた?
向けられる信頼。
いや──もっと深い。
簡単には踏み込めない……“共犯者”みたいな空気。
───それを見た瞬間。
さっきとは違う意味で、心臓が激しく鳴った。
伸ばしかけた手が、空中で止まる。
行き場を失った指先だけが、夜風の中でやけに白く浮かんでいた。


