あの雨の夜から数週間が過ぎた。
 空は透き通るように晴れ渡り、街路樹の葉が朝日を浴びてきらめいている。

 皐月は窓辺に立ち、カーテンを開いた。
 温室で交わした約束がやっと果たされた日のことを思い出す。
 胸の奥に、もう迷いはなかった。

「——おはよう」

 背後から声がして、振り返る。
 玲臣がスーツ姿で立っていた。
 いつもの冷徹な副社長の顔ではなく、穏やかな笑みを浮かべている。

「今日も忙しいの?」
「ああ。でも、どんなに忙しくても、帰ってくる場所は決まってる」

 皐月は頬を赤らめ、視線を逸らした。



 テーブルの上には、小さな箱が置かれていた。
 玲臣の祖母の形見の指輪。
 以前は拒んでしまったそれを、今は大切に受け入れている。

「……大切にするね」
「壊れるくらい守る」

 短いやり取りに、互いの想いが込められていた。



 窓の外には、あの日と同じ紫陽花が咲いている。
 けれど雨粒に濡れていた頃とは違い、今は陽光を浴びて明るく色を放っていた。

 皐月は静かに微笑んだ。

「やっと、信じられるようになった」
「信じなくてもいい。俺が証明し続ける」

 玲臣の言葉は、確かに未来へと続いていた。

 握られた手はもう離れない。
 幼い日の指切りは、大人になった二人の誓いへと変わった。

 そして朝の光の中で、二人は歩き出す。
 新しい人生を、共に。