秋雨はまだ止まない。
 久世ホールディングスの副社長室。
 玲臣は机に並べた資料を凝視していた。

 そこには、ネット記事の配信履歴と、写真データの送信記録。
 出所をたどると、玲奈の名が浮かび上がる。

「……やはりお前か」

 低く呟き、拳を握る。
 皐月が信じてしまったのは、この偽りの仕掛けのせいだった。



 その夕刻。
 玲臣は温室に皐月を呼び出した。
 雨音がガラスを叩く中、彼は手にした封筒を差し出す。

「これを見ろ」

 中には、記事配信会社の担当者からの証言。
 写真を送ったのが玲奈であることが記されていた。

「……玲奈が?」

 皐月の瞳が揺れる。
 信じたくない。
 けれど、目の前の証拠が真実を告げていた。

「皐月。お前が信じた“俺には好きな人がいる”という話も、すべて玲奈の嘘だ」

「……っ」

 頭が真っ白になる。
 幼い頃から一番近くにいた親友。
 その言葉を信じて、ずっと玲臣を避けてきた。

 ——全部、嘘だった。



 皐月は膝から力が抜け、ベンチに腰を下ろした。
 ガラス越しの雨が滲んで見える。

「……どうして……玲奈がそんなことを」
「理由は分からない。だが——」
 玲臣は強く言い切った。
「俺が好きなのは皐月、お前だけだ」

 皐月の瞳に涙があふれる。
 信じたい。
 でも、心の奥にまだ残る恐れが彼女を縛っていた。

「……私は……親友に嘘をつかれて、あなたにまで背を向けて……」
「お前は何も悪くない」
「違う……! 私がもっと信じていれば……」

 声が震え、嗚咽が混じる。



 玲臣は膝を折り、目の高さを合わせた。
 その瞳は真剣で、嘘ひとつなかった。

「皐月。お前がどれだけ逃げても、俺は追う。もう二度と、嘘や誤解にお前を奪わせない」

 その言葉に、皐月は顔を覆った。
 涙が指の隙間から零れ落ちる。

 温室の外では、雨音が次第に静まり始めていた。
 まるで長い嵐の終わりを告げるかのように。