スマートフォンの画面に表示された写真を見た瞬間、皐月の呼吸が止まった。
 ホテルのラウンジ。グラスを手に微笑み合う玲臣と玲奈。
 その距離は近く、まるで恋人のようだった。

 添えられた文字は無慈悲だった。

「財閥令息・久世玲臣、副社長の本命は許嫁ではなく“親友”」

 胸の奥がきゅっと縮む。
 ——やっぱり、そうなんだ。
 玲臣さんの好きな人は……玲奈。

 玲奈が“彼には好きな人がいる”と言ったとき、心のどこかで否定したかった。
 でも、この写真が証拠のように突きつけられてしまえば。

「……私は、最初から選ばれてなんかいなかったんだ」

 呟きは涙に濡れ、誰にも届かない。



 翌朝の廊下。
 皐月は資料を抱え、足早に歩いていた。
 そこへ玲臣が現れ、腕を掴む。

「皐月、待て」
「……」
「昨日の噂、見ただろう」
「……はい」

 低く問い詰める声。
 皐月は顔を伏せ、唇を震わせた。

「信じたのか」
「……だって、写真に映っていました。玲奈と……あんなに親しそうに」

 玲臣の眉が深く寄った。
「お前、本気で俺が玲奈を好きだと思っているのか」
「……ちがうんですか?」
「違うに決まってる!」

 怒声が響き、皐月の肩が震える。

「俺が誰を見ているか、ずっと分からなかったのか」
「……私は……親友よりも劣っているんです」

 涙が頬を伝い、床に落ちた。



 玲臣は絶望したように目を閉じ、低く息を吐いた。

「……どうして、そんなふうに思い込む」
「だって……玲奈が……」

 皐月の声はそこで途切れた。
 親友の名を口にしてしまえば、友情さえ壊れる気がして。

「ごめんなさい。副社長にとっての“本当の相手”は、私じゃない。だから——」

 言い残し、振りほどいて去る。
 ヒールの音が遠ざかり、廊下に冷たい沈黙が残った。



 残された玲臣は壁に拳を打ちつけた。
「……誰がこんな馬鹿げた嘘を」

 怒りは確信に変わる。
 仕組んだのは玲奈。
 けれど証拠もなく、皐月は親友の言葉を信じている。

 窓の外の雨がガラスを叩き、しぶきを散らす。
 その音は、彼の焦燥をさらに煽った。