雨の夜が明けた。
 窓の外に広がるのは、澄み渡る青い空。
 小鳥のさえずりが聞こえ、街路樹の葉が光を反射してきらめいていた。

 ベッドの中で目を覚ました私は、横にいる翔の寝顔を見つめる。
 整った輪郭にかかる黒髪。普段は鋭い瞳を閉じているせいか、どこか幼く見えた。

(四年前には想像できなかった光景……)

 静かに胸が熱くなる。



 私が動くと、翔がうっすらと目を開けた。

「……もう朝か」

 低い声。
 けれど、昨日までの張り詰めた響きではなく、穏やかな温度を含んでいた。

「起こしちゃった?」

「いい。……こうして隣にいることが、まだ夢みたいだ」

 彼の言葉に、胸がじんと熱くなる。
 私は小さく笑い、そっと彼の手を握った。

「夢じゃないよ。……だって私は、翔さんと未来を選んだから」

 翔は一瞬驚いたように目を細め、やがて強く握り返してきた。

「ありがとう、杏里。俺も、お前を二度と手放さない」

 真剣な眼差しに、もう迷いはなかった。



 その日、二人で並んでカフェへ向かった。
 通り過ぎる人々の視線が少し気になったけれど、翔は隣で堂々と歩き、私の手を離さなかった。

「……こんなふうに一緒に歩くの、初めてだね」

「そうだな。これからは当たり前にしていく」

 小さな言葉に、涙がにじみそうになる。



 カフェに着くと、店長や悠真が驚いた顔でこちらを見た。
 けれど、翔は迷わず挨拶をし、私の隣に立ち続けた。

「俺は西園寺翔だ。……杏里の夫だ」

 その言葉に、胸が大きく震える。
 誰よりも聞きたかった言葉。
 四年前に欲しかった言葉を、今、彼は迷わず口にした。



 夕方、仕事を終えて空を見上げると、オレンジ色の光が街を包んでいた。
 翔が隣に立ち、そっと私の肩を抱く。

「杏里。これからもすれ違うことはあるかもしれない。……でも、必ずお前と向き合う」

「うん。私も……もう逃げない」

 互いの言葉が重なり、静かな笑みが生まれる。



 長いすれ違いの果てに、ようやく辿り着いた“新しい朝”。
 それは決して完璧な未来の約束ではない。
 けれど、二人で選び取った道を歩んでいくという決意だけは、確かなものだった。

 青空の下、私は翔と並んで歩き出した。
 過去の痛みも涙も、すべてを抱えて。
 それでも、今は——幸せだと思えた。