耳元で、わたしにだけ聞こえるそんな小さな低い声。
思わず息をのむ。
今度は別の意味でドキリとした。
「な、何のことでしょう」
「階段、誰かに突き落とされたんじゃねーの?」
疑問形でありながら、確信を持っているような口ぶりだった。
わたしは目を見開いて会長を見ながら、あの日のことを思い出す。
たまたま当たってしまったとかではない。
間違いなく悪意を持って力を加えられたあの両手の感覚。
ふらつく足、迫りくる地面、全身に走る痛み。
あれは本当に怖かった。実は何度か夢にも見ている。
「……」
だけどわたしは、家族にも医者にもそれは言っていない。
言ってしまえばさらに心配をかけてしまうことはわかっているから。
わたしなどのことで余計な手間をとらせるわけにはいかない。
だから固く唇を結んだわたしは、会長に対しても同じように言う。



