敬人がそんな彼女を特別棟一階の階段前に呼び出したのは数十分前のこと。
文句を言いつつも桃が自分の言葉に逆らわないことを敬人はよく知っていた。
「聞いたか? 今年の宣伝シンデレラの評判いいらしいぞ」
「そうらしいな。向坂くんも言うとったわ」
「桃のシンデレラ役、急に決まったのに板についてたな。さすがは二年目」
「そうやろ。ま、あんたがテキトーなアドリブ入れてきたときは焦ったけど」
「悪いな。台本よく覚えてなかったんだよ」
「前日に練習サボるからや」
一昨日は路留の見舞いに行くという何よりも大切な用事があったのだから仕方ない。
敬人はそのまま他愛ない会話を続けながら桃の様子を観察する。
手を組み替えたり、無駄に視線を彷徨わせたり。
先ほどから妙にそわそわと居心地が悪そうにして見えるのは、恐らく気のせいではない。



