「白石さん、こんにちは」
翌日の12時。
『フルール葉山』のロビーに行くと、ソファから春日副社長が笑顔で立ち上がった。
「こんにちは。お待たせしました」
「いや、時間よりまだ5分早いよ。それより昨日の今日で強引にお願いして悪かったね」
「いいえ。平日の方が助かりますから」
「そうだね、俺もだよ。ブライダル業界は週末が戦いだ。さ、昼食を食べに行こう。話はそこで」
「はい」
最上階のフレンチレストランに行こうとする春日を、美蘭はロビーラウンジに誘った。
「ここでもいいですか? 私、このホテルのロビーを眺めるのが好きなので」
「もちろん」
本当はフレンチレストランの個室に案内されそうで、なんとなく警戒心が湧いてきたからだったのだが、ロビーの高いガラス窓から降り注ぐ陽射しが柔らかく、美蘭の気持ちも明るくなった。
美味しいと評判のシーフードドリアを食べながら、はじめは他愛もない話をする。
「ミラノは一人で大丈夫だった? 最後まで一緒についていてあげたかったんだけど」
「大丈夫です。一人であちこち気ままに見て回れて楽しかったです」
「でもイタリア人に言い寄られただろう?」
「そうでもなかったですよ」
「そんな訳ない。君みたいに綺麗な女性を放っておく男なんているもんか」
「お上手ですね。副社長こそ色んな女性に声をかけられるでしょう?」
「本命の人からは全くかけてもらえないけどね」
そうなんですか、と美蘭は軽く受け流してドリアを頬張る。
評判通り美味しいと味わっていると、いきなり春日が切り出した。
「今日君に話したいことは二つある。一つ目は、ソルシエールと春日ブライダルの提携。もう一つはプライベートでの君とのおつき合い。この二つをお願いする」
は?と美蘭は手を止めて顔を上げる。
「ソルシエールと提携、ですか? それは、提携しないとうちのドレスの持ち込みを認めない、ということでしょうか」
「いや。持ち込みに関しては、どのブランドでも規制はしていない」
「それなら、どういう?」
「春日ブライダルは海外挙式に力を入れていて、由緒正しい大聖堂や教会と良好な関係を築いている。本格的な結婚式を歴史的な重みのある場所で挙げられるし、アルバムも絵になる一枚ばかりだ。けど、新郎新婦が日本から持ち込む衣装が残念なことが多くてね。うちのドレスをレンタルすることをおすすめしても、なるべく予算を抑えたいし、帰国後にパーティーを開くからと安価なドレスを購入するパターンが増えている」
「なるほど。でしたら春日ブライダルのドレスを、価格を抑えて販売してはどうでしょう?」
「もちろんそれを考えている。だからこそソルシエールと提携したいんだ」
美蘭は首をひねった。
春日ブライダルのドレス部門にとって、ソルシエールは言わば敵だろう。
なぜ提携という話になるのか、理解出来なかった。
「白石さん。春日ブライダルにふさわしいドレスは、ソルシエール以外にないと俺は思っている。残念ながらうちの今のドレス部門では、どんなにアイデアを練って注力しても、君のドレスを超えることは出来ない。美しいロケーションでブライダルフォトの撮影に立ち会いながら、俺はいつも思っていた。ここにソルシエールのドレスがあったら……とね。どうかな? 君も自分の作ったドレスが最高の舞台で美しく映えるのを見てみたいだろう?」
自信ありげに言われて、美蘭は困惑する。
「副社長。それはあくまで会社の方針ではなく、あなたの個人的なお考えですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「企業にとっては突拍子もない話に聞こえますから。そこじゃないだろうって」
「そうかな? だけど海外事業については、副社長である俺に決定権があるんだ。ソルシエールのドレスを春日ブライダルが現地で用意すると言えば、必ずお客様に喜ばれる。それは我が社の社員の誰もが予測出来ることだよ」
美蘭は視線を落として口をつぐんだ。
なにかが違う。
考え方も、感覚も。
そう思った。
どう話せばいいだろう。いや、話してもすぐには分かり合えそうにない。
そう結論を出し、顔を上げる。
「お話は分かりました。もう一人の社員の意見もありますし、私一人で即答はいたしかねます。少しお時間をいただけますか?」
「分かった。それなら君だけの返事で決められる、もう一つのお願いに答えてくれる?」
「はい?」
「俺とつき合ってほしい」
真っすぐに見つめてくる春日の表情は、真剣そのものだった。
どうやら冗談ではないらしい。
美蘭も真剣に口を開いた。
「申し訳ありませんが、お気持ちにはお応え出来ません」
「どうして? もしかして他につき合っている人がいるの?」
「それは……」
ふと高良のことを思い出す。
つき合っていると胸を張って言える関係ではないが、高良以外の人とのつき合いは考えられない。
美蘭はぎゅっと拳を握りしめてから顔を上げた。
「あなたとのおつき合いは考えられないからです」
すると春日は少し眉根を寄せて、ため息をつく。
「好きな人にこうもはっきり言われると、傷つくもんだな」
「すみません、生意気なことを言って……」
「いや、構わないよ。君のそういう凛としたところも好きだから。だけど覚えておいて、俺はそう簡単に引き下がる男じゃないんだ。一度くらい断られたからって、諦めようとは思えない。それほど君に惹かれている。だから俺は君の気持ちを変えてみせるよ。必ずね」
余裕すら感じられる笑みを浮かべてそう言う春日に、美蘭はなにも言葉が出てこなかった。
翌日の12時。
『フルール葉山』のロビーに行くと、ソファから春日副社長が笑顔で立ち上がった。
「こんにちは。お待たせしました」
「いや、時間よりまだ5分早いよ。それより昨日の今日で強引にお願いして悪かったね」
「いいえ。平日の方が助かりますから」
「そうだね、俺もだよ。ブライダル業界は週末が戦いだ。さ、昼食を食べに行こう。話はそこで」
「はい」
最上階のフレンチレストランに行こうとする春日を、美蘭はロビーラウンジに誘った。
「ここでもいいですか? 私、このホテルのロビーを眺めるのが好きなので」
「もちろん」
本当はフレンチレストランの個室に案内されそうで、なんとなく警戒心が湧いてきたからだったのだが、ロビーの高いガラス窓から降り注ぐ陽射しが柔らかく、美蘭の気持ちも明るくなった。
美味しいと評判のシーフードドリアを食べながら、はじめは他愛もない話をする。
「ミラノは一人で大丈夫だった? 最後まで一緒についていてあげたかったんだけど」
「大丈夫です。一人であちこち気ままに見て回れて楽しかったです」
「でもイタリア人に言い寄られただろう?」
「そうでもなかったですよ」
「そんな訳ない。君みたいに綺麗な女性を放っておく男なんているもんか」
「お上手ですね。副社長こそ色んな女性に声をかけられるでしょう?」
「本命の人からは全くかけてもらえないけどね」
そうなんですか、と美蘭は軽く受け流してドリアを頬張る。
評判通り美味しいと味わっていると、いきなり春日が切り出した。
「今日君に話したいことは二つある。一つ目は、ソルシエールと春日ブライダルの提携。もう一つはプライベートでの君とのおつき合い。この二つをお願いする」
は?と美蘭は手を止めて顔を上げる。
「ソルシエールと提携、ですか? それは、提携しないとうちのドレスの持ち込みを認めない、ということでしょうか」
「いや。持ち込みに関しては、どのブランドでも規制はしていない」
「それなら、どういう?」
「春日ブライダルは海外挙式に力を入れていて、由緒正しい大聖堂や教会と良好な関係を築いている。本格的な結婚式を歴史的な重みのある場所で挙げられるし、アルバムも絵になる一枚ばかりだ。けど、新郎新婦が日本から持ち込む衣装が残念なことが多くてね。うちのドレスをレンタルすることをおすすめしても、なるべく予算を抑えたいし、帰国後にパーティーを開くからと安価なドレスを購入するパターンが増えている」
「なるほど。でしたら春日ブライダルのドレスを、価格を抑えて販売してはどうでしょう?」
「もちろんそれを考えている。だからこそソルシエールと提携したいんだ」
美蘭は首をひねった。
春日ブライダルのドレス部門にとって、ソルシエールは言わば敵だろう。
なぜ提携という話になるのか、理解出来なかった。
「白石さん。春日ブライダルにふさわしいドレスは、ソルシエール以外にないと俺は思っている。残念ながらうちの今のドレス部門では、どんなにアイデアを練って注力しても、君のドレスを超えることは出来ない。美しいロケーションでブライダルフォトの撮影に立ち会いながら、俺はいつも思っていた。ここにソルシエールのドレスがあったら……とね。どうかな? 君も自分の作ったドレスが最高の舞台で美しく映えるのを見てみたいだろう?」
自信ありげに言われて、美蘭は困惑する。
「副社長。それはあくまで会社の方針ではなく、あなたの個人的なお考えですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「企業にとっては突拍子もない話に聞こえますから。そこじゃないだろうって」
「そうかな? だけど海外事業については、副社長である俺に決定権があるんだ。ソルシエールのドレスを春日ブライダルが現地で用意すると言えば、必ずお客様に喜ばれる。それは我が社の社員の誰もが予測出来ることだよ」
美蘭は視線を落として口をつぐんだ。
なにかが違う。
考え方も、感覚も。
そう思った。
どう話せばいいだろう。いや、話してもすぐには分かり合えそうにない。
そう結論を出し、顔を上げる。
「お話は分かりました。もう一人の社員の意見もありますし、私一人で即答はいたしかねます。少しお時間をいただけますか?」
「分かった。それなら君だけの返事で決められる、もう一つのお願いに答えてくれる?」
「はい?」
「俺とつき合ってほしい」
真っすぐに見つめてくる春日の表情は、真剣そのものだった。
どうやら冗談ではないらしい。
美蘭も真剣に口を開いた。
「申し訳ありませんが、お気持ちにはお応え出来ません」
「どうして? もしかして他につき合っている人がいるの?」
「それは……」
ふと高良のことを思い出す。
つき合っていると胸を張って言える関係ではないが、高良以外の人とのつき合いは考えられない。
美蘭はぎゅっと拳を握りしめてから顔を上げた。
「あなたとのおつき合いは考えられないからです」
すると春日は少し眉根を寄せて、ため息をつく。
「好きな人にこうもはっきり言われると、傷つくもんだな」
「すみません、生意気なことを言って……」
「いや、構わないよ。君のそういう凛としたところも好きだから。だけど覚えておいて、俺はそう簡単に引き下がる男じゃないんだ。一度くらい断られたからって、諦めようとは思えない。それほど君に惹かれている。だから俺は君の気持ちを変えてみせるよ。必ずね」
余裕すら感じられる笑みを浮かべてそう言う春日に、美蘭はなにも言葉が出てこなかった。



