松永先輩と付き合いはじめたが、会社ではしばらく内密に付き合うことにしている。
 しばらく、といっても今後公表する予定も特にはない。

 経理部に配属されたその日から指導係の先輩と付き合うことになったとは、とてもじゃないが周りには言えなかった。
 そのため、会社ではあくまでも先輩後輩として接している。

「幸村さん、そろそろ昼休みだから、それ終わったらお昼食べておいで」
「わかりました」

 私はよく会社の食堂で昼食をとっている。
 安いのにしっかりとした定食が食べられて、その上美味しい。
 今日も食堂で食べるつもりだ。
 
「そういえば、先輩はいつもお昼どうされてるんですか?」

 会社では必要以上には一緒に居ないようにしているため、先輩とは昼食を一緒に食べたことはない。
 でも、お昼にご飯を食べているところを見かけたことさえなかった。

「ああ、僕? 屋上で弁当食べてるよ」

 先輩は鞄からお弁当の袋を取り出した。

「屋上? そのお弁当は、ご自分で作ってるんですか?」

 先輩は一人暮らしだ。
 手作りのお弁当は彼女にでも作ってもらうか、自分で用意するしかないだろう。
 その彼女は私自身なのだから後者しかありえない。

「そうだよ。社食もあんまり好きじゃないんだよね。騒がしいし、自分で作った物を食べるほうが安心する。屋上は誰も来ないしね」

 一度だけ屋上に行ったことがあるけれど、大きなタンクとフェンスがあるだけの閑散とした場所だ。
 人が集まるような雰囲気ではなかった。

「あの! 私、売店で何か買ってくるので、屋上で一緒に食べても良いですか?」

 屋上なら誰かに見られることもなく一緒にお昼を食べることができると思い、おもい切って聞いてみた。

「うん、いいよ。じゃあ先行ってるから、あとでお昼買ってからおいで」
「はい!」

 あっさり了承してくれた先輩に胸を弾ませる。

 会社では必要以上に関わらないようにしようと決めたものの、やっぱりできるだけ一緒にいたいと思ってしまう。
 
 私は今している仕事を急いで終わらせ、売店へ向かった。

 おにぎりを二つとお茶を買って、ドキドキしながら最上階から屋上に繋がる階段を登っていく。

 少し重いドアをゆっくりと開ける。
 大きなタンクがあるだけの他に何もない静かな場所。
 無機質な床と、澄みわたった青空とのコントラストが独特な空間を作り出していた。

「幸村さん、こっち」

 先輩はタンクの反対側の奥に隠れるように、小さなシートを敷いて座っていた。

「お待たせしました。ちゃんとシートも持って来てるんですね」
「座る所も何もないからね。狭いけど座って」

 先輩は小さなシートの端に寄り、私もお尻だけを乗せてシートに座った。
 ちょうどタンクの陰になっていて、涼しい。

「開けていて、気持ちいい場所ですね」
「雨の日は来られないけどね。天気の良い日はいつもここで食べてるよ」
「先輩、屋上好きなんですか?」

 以前、住んでいるマンションも屋上が気に入って決めたと言っていたのを思い出す。

「屋上が、好きな場所に一番近いんだよね」
「えっと……空? ですか?」
「そう、よくわかったね。変でしょ」
「いえ、変だなんてことありません。なんだか先輩らしいなと思いました」

 先輩はフッと笑うとお弁当の蓋を開く。

「わぁ、先輩のお弁当美味しそうですね。これを自分で作ってるなんて凄いです」
「ほとんど晩ごはんの残りものを詰めてるだけだよ」

 先輩のお弁当を覗きながら、私はおにぎりの包みを開ける。
 料理が得意なこと、知らなかったな。

「普段から自炊してるんですね。私もたまには自炊しないとな、って思ってるんですけど、ついできあいの物で済ませてしまいます……」
「お弁当、幸村さんの分も作ってこようか?」
「っ、え?」

 お弁当を食べながらちらっと私の方を見た先輩は、なんでもないことのようにお弁当を作ってくると言う。

「一人分だといつも作りすぎるんだよね。余り物でよければ幸村さんのも詰めてくるよ」
「良いんですか? 嬉しいです!」
「そんな大したものは作れないけどね」
「それでも、自分で作ることが凄いです。本当は彼女の私が作る立場ですよね」

 私はおにぎりを頬張りながら項垂れた。
 料理が苦手、とういうわけではないけれど、どうしても面倒だと感じてしまう。
 一人暮らしをしているから余計に、簡単に済ませてしまっている。

「女とか、男とか関係ないよ。出来る方が出来ることをする。それでいいと思うけど」

 さらっとそんなことを言う先輩につい見惚れてしまう。

 こういうところ、すごく好きだな。

「明日からはもっと大きなシート持ってくるよ」

 少しはみ出た私のお尻を見て、先輩はフッと笑った。