福井から戻って一週間。菜月は少し様子がおかしかった。

「菜月ちゃん、ぼーっとしてるけど大丈夫?」

バイト先で佳乃が心配そうに聞いた。

「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」

「福井で何かあったん?」

「色々あったがやて」

菜月は深くため息をついた。

◆大学で、圭介と◆

「菜月さん、最近元気がないですね」

昼休み、圭介が心配そうに聞いた。

「そんなことないやて」

「何か、僕に話せないことでもありますか?」

菜月は少し俯いた。

「実は…悠真のことで」

「悠真くん?」

「さくらちゃんに言われて気づいたがやけど、悠真、私のこと好きやったかもしれん」

圭介の表情が少し曇った。

「そうですか」

「でも、私は圭介先輩のことが好きやし、悠真は大切な友達やて」

「分かっています」

圭介が菜月の手を握った。

「でも、複雑な気持ちなんですね」

「うん、ごめんなさい」

「謝らないでください。菜月さんが悩んでいるなら、一緒に考えましょう」

圭介の優しさに、菜月は救われた。

◆お茶部で◆

「菜月ちゃん、ちょっといい?」

さくらが声をかけてきた。

「うん」

二人は部室の隅で話した。

「あのね、悠真くんのこと、言いすぎたかなって思って」

「ううん、教えてくれてありがとう」

「でも、菜月ちゃん、悩んでるでしょ?」

「うん、ちょっと」

さくらが菜月の手を取った。

「私ね、菜月ちゃんが幸せならそれでいいって言ったけど、やっぱりまだ辛い時もある」

「さくらちゃん…」

「でもね、少しずつ前に進めてる気がするの」

「ほんまに?」

「うん。菜月ちゃんの笑顔を見られるだけで、幸せだって思えるようになってきた」

さくらの強さに、菜月は感動した。

「ありがとう、さくらちゃん」

「だから、菜月ちゃんも自分の気持ちに正直になって。圭介先輩を選んだなら、それを貫いて」

「うん」

◆ある日の夜、悠真から電話◆

「もしもし、悠真?」

「おう、菜月。元気にしとっけ?」

「うん、元気やて」

「そっか。あの、菜月」

「うん?」

「この前、言いかけたことやけど」

菜月の心臓がドキドキした。

「俺、やっぱり言っとかんなあかんと思って」

「悠真…」

「俺、菜月のことが好きや。ずっと前から」

菜月は言葉が出なかった。

「幼なじみやから、ずっと側におって当たり前やった。でも、菜月が東京に行ってから気づいたんや」

「悠真…」

「菜月がおらん生活は、すごく寂しい。電話で声聞くだけで嬉しくなる。それは、友達以上の気持ちやって」

菜月の目に涙が浮かんだ。

「でもな、菜月には圭介先輩がおるやろ?俺の気持ちを言っても、困らせるだけやって分かってる」

「ごめん、悠真」

「謝らんでええ。俺が勝手に好きになっただけや」

「でも…」

「菜月、幸せになってくれ。それが俺の願いや」

「悠真…」

「それだけ言いたかった。じゃあな」

電話が切れた。菜月は携帯を握りしめて泣いた。

◆一人の部屋で◆

「どうしてこんなに複雑なんやろ」

菜月はベッドに座って考えた。

圭介先輩への想い、悠真への感謝と申し訳なさ、さくらへの申し訳なさ、未来への思い。

全部大切な人たち。

誰も傷つけたくない。

でも、それは無理なことなのかもしれない。

携帯を見ると、未来からメッセージが来ていた。

『菜月ちゃん、元気?私は元気だよ。悩んでる時は、いつでも相談してね』

未来にも相談したい。でも、未来も自分を想ってくれていた人だ。

「みんな、優しすぎるやて」

涙が止まらなかった。

◆翌日、圭介との約束◆

「菜月さん、今日は大切な話があります」

圭介が真剣な表情で言った。

「何ですか?」

「実は、来年から大学院に進学することになりました」

「それはおめでとうございます」

「ありがとうございます。でも、大学院は京都なんです」

菜月は驚いた。

「京都?」

「はい。言語学の研究で有名な教授がいて、その方の下で学びたいんです」

「そうなんですね」

「だから、来年からは遠距離恋愛になります」

菜月の胸が苦しくなった。

「それでも、菜月さんと一緒にいたいです。遠距離でも、関係を続けたい」

「私も、圭介先輩と一緒にいたいです」

「ありがとうございます」

圭介が菜月を抱きしめた。

「絶対に、菜月さんを幸せにします」

「はい」

でも、菜月の心には不安があった。遠距離恋愛、うまくいくだろうか。

◆バイト先で、田村店長に相談◆

「店長、ちょっと相談があるがやけど」

「どうしたの、菜月ちゃん」

菜月は最近の出来事を全部話した。悠真の告白、圭介先輩の京都への進学、自分の複雑な気持ち。

「なるほどね」田村店長が頷いた。

「菜月ちゃん、人を好きになるって、簡単なことじゃないよね」

「はい」

「でも、一番大切なのは、自分の気持ちに正直になることだと思う」

「自分の気持ち…」

「菜月ちゃんは、誰といる時が一番幸せ?」

菜月は考えた。

圭介先輩といる時?悠真と話している時?さくらと笑い合っている時?未来と過ごしていた時?

「分からんやて」

「じゃあ、こう考えてみて。誰かがいなくなったら、一番辛い?」

菜月は目を閉じて考えた。

圭介先輩がいなくなったら…悲しい。

悠真がいなくなったら…寂しい。

さくらがいなくなったら…心配。

未来がいなくなったら…(既にいない)すごく辛い。

「みんな、大切やて」

「そうだね。でも、恋愛と友情は違うからね」

「はい」

「菜月ちゃんは、圭介先輩を選んだんでしょ?だったら、その選択を信じなきゃ」

田村店長の言葉に、菜月は少し救われた。

◆お茶部での練習後◆

「菜月ちゃん、ちょっといい?」麻美部長が声をかけてきた。

「はい」

「最近、悩んでるみたいね」

「はい、ちょっと」

「人生って、選択の連続なのよ。誰かを選べば、誰かを傷つけることもある」

「はい」

「でも、それから逃げたらダメ。自分の選択に責任を持つことが大切」

麻美部長の言葉は、いつも的確だった。

「ありがとうございます」

「それから、方言のことも悩んでるでしょ?」

「はい」

「菜月ちゃんの方言は、菜月ちゃんの宝物よ。それを大切にしてくれる人が、本当にいい人なの」

「はい」

「圭介くんは、菜月ちゃんの方言を大切にしてくれてる?」

「はい、とても」

「だったら、大丈夫」

麻美部長が微笑んだ。

◆その夜、菜月の決意◆

一人の部屋で、菜月は考えた。

みんなの言葉、みんなの優しさ。

そして、自分の気持ち。

「私、圭介先輩が好きやて」

声に出して言ってみた。

「悠真には申し訳ないけど、私は圭介先輩を選んだ」

「遠距離になっても、頑張りたい」

「方言も大切にしながら、標準語も使えるようになりたい」

「故郷も東京も、両方大切にしたい」

自分の気持ちが整理されてきた。

携帯を取り出して、圭介にメッセージを送った。

『圭介先輩、京都に行っても、ずっと一緒にいてください。私も頑張ります』

すぐに返信が来た。

『もちろんです。菜月さんとなら、どんな困難も乗り越えられます』

次に、悠真にメッセージを送った。

『悠真、告白してくれてありがとう。でも、私は圭介先輩と一緒にいたい。ごめんね。でも、これからも大切な友達でいてほしい』

しばらくして、悠真から返信が来た。

『分かっとる。俺も、菜月の友達でいたい。幸せになってくれ』

涙が溢れた。でも、これでよかった。

自分の気持ちに正直になれた。

◆翌朝、さくらと◆

「おはよう、菜月ちゃん」

「おはよう、さくらちゃん」

「なんか、すっきりした顔してるね」

「うん、色々考えて、自分の気持ちが整理できた」

「そう、良かった」

さくらが笑顔で言った。

「私もね、最近少しずつだけど前に進めてる気がする」

「ほんまに?」

「うん。菜月ちゃんが幸せそうにしてるの見ると、私も嬉しくなるの」

「さくらちゃん…」

「だから、これからも友達でいてね」

「もちろんやて!」

二人は笑い合った。

◆圭介との再会◆

「菜月さん」

圭介が駆け寄ってきた。

「圭介先輩」

「メッセージ、ありがとうございました」

「こちらこそ」

「これから一年、遠距離になりますが、必ず毎週会いに来ます」

「私も、時々京都に行きます」

「ありがとうございます」

圭介が菜月の手を取った。

「菜月さん、愛してます」

「私も、愛してます」

二人は見つめ合った。

周りの学生たちが微笑ましそうに見ている。

菜月は思った。

これでいいんだ。

自分の選択に責任を持って、前に進もう。

方言も、故郷も、東京も、全部大切にしながら。

「あの町の言葉と、この町のわたし」

両方を持って生きていく。

それが、菜月の決めた道だった。

そして、きっとこれからも色々な困難があるだろう。

でも、大切な人たちに支えられながら、乗り越えていける。

菜月は、そう信じていた。