福井への出発の日。菜月は朝早くから準備をしていた。

「久しぶりに帰るがやて」

一人の部屋で、スーツケースに荷物を詰める。未来がいない部屋は、やはり寂しかった。

「未来ちゃん、元気にしてるかの」

小さくつぶやいて、菜月は携帯を見た。未来からメッセージが来ていた。

『菜月ちゃん、今日は福井だね。楽しんできてね。悠真くんによろしく』

菜月は返信した。

『ありがとう。未来ちゃんも元気でね』

◆東京駅で◆

「菜月ちゃん、こっちこっち!」

さくらが手を振っていた。お茶部のメンバーが集まっている。

「みんな、おはよう」

「おはよう。忘れ物ない?」麻美部長が確認した。

「大丈夫やて」

そこに圭介も現れた。

「菜月さん、見送りに来ました」

「圭介先輩!」

「気をつけて行ってきてくださいね」

「はい」

圭介が小さな包みを差し出した。

「これ、車内で食べてください」

「何ですか?」

「サンドイッチです。朝早くて、朝食食べてないでしょう?」

菜月の胸がキュンとした。

「ありがとうございます」

「それから、これも」

圭介が手紙を渡した。

「後で読んでください」

「はい」

新幹線の時間が近づいてきた。

「それでは、行ってきます」

「いってらっしゃい」圭介が笑顔で手を振った。

さくらもお茶部のみんなも手を振っている。

「みんな、ありがとう!」

◆新幹線の中で◆

座席に座って、菜月は圭介からもらった手紙を開いた。

『菜月さんへ

故郷で楽しい時間を過ごしてください。
おばあさんやご家族、そして悠真くんに、よろしくお伝えください。

菜月さんが福井弁で自然に話している姿を見るのが、今から楽しみです。
きっと、もっと菜月さんらしい表情が見られるんでしょうね。

東京で待っています。
お土産話、たくさん聞かせてくださいね。

田中圭介』

菜月は手紙を胸に当てた。

「優しいやて…」

窓の外の景色が流れていく。東京から離れるにつれて、心がだんだんと故郷に近づいていく感覚。

◆福井駅に到着◆

「着いたやて!」

福井駅のホームに降り立つと、懐かしい空気が菜月を包んだ。

「ああ、この感じ。福井の匂いや」

お茶部のみんなも感動している。

「空気が違いますね」麻美部長が言った。

「うん、東京より静かで、のどかやて」

駅の外に出ると、悠真が立っていた。

「悠真!」

「おお、菜月!久しぶりやな」

菜月は悠真に駆け寄った。

「久しぶり!元気やった?」

「おう、元気やで。菜月も元気そうやな」

「うん!」

お茶部のみんなが近づいてきた。

「あ、紹介するね。お茶部のみんなや」

「初めまして、高橋悠真です」

「田中麻美です。菜月ちゃんがいつもお世話になってます」

「田島さくらです」

さくらと悠真が挨拶を交わす。さくらは悠真を見て、少し複雑な表情を浮かべた。

「悠真くん、菜月ちゃんの幼なじみなんですね」

「はい、小さい時からずっと一緒でした」

「そうなんですか」

◆福井大学へ◆

バスで福井大学に向かう。車窓から見える風景が、全部懐かしい。

「あ、あの店!おばあちゃんとよう行ったやて」

「あそこの公園で、悠真とよう遊んだがよ」

菜月が嬉しそうに話す姿を、さくらは微笑みながら見ていた。

「菜月ちゃん、本当に故郷が好きなのね」

「うん、大好きやて」

◆福井大学のお茶部との交流会◆

「ようこそ、福井大学へ」

福井大学のお茶部の部長が出迎えてくれた。

「ありがとうございます」

交流会が始まった。お互いのお茶の作法を披露し合う。

「村瀬さん、とても美しいお点前ですね」福井大学の部長が感心した。

「ありがとうございます。おばあちゃんに小さい時から教わったがです」

自然に福井弁が出る。東京では時々気をつけていたけれど、ここでは自然に話せる。

「やっぱり、福井の子やね。話し方に温かみがある」

その言葉に、菜月は嬉しくなった。

さくらは菜月の姿を見ていた。東京にいる時よりも、もっと生き生きとしている。

「これが、本当の菜月ちゃんなんだ」

小さくつぶやいた。

◆交流会後、悠真と二人で◆

「菜月、少し時間あるけ?」

「うん、大丈夫やて」

「ちょっと案内したいところがあるがよ」

悠真の車で、二人は海沿いのドライブへ。

「懐かしいやて、この道」

「ほやろ?よう二人で自転車で来たな」

「うん、覚えてる」

海岸に着いて、二人は砂浜を歩いた。

「菜月、東京での生活はどうや?」

「楽しいやて。でも、時々寂しくなる」

「そっか」

「未来ちゃんが実家に帰ってしもうて、ちょっと寂しいがよ」

「そうやったな」

二人は波打ち際に座った。

「悠真、あんたがいつも電話で話聞いてくれるから、頑張れるがやて」

「そんなんええんや」

「ありがとう」

悠真は少し黙ってから、口を開いた。

「あの、菜月」

「うん?」

「俺、ずっと言いたかったことがあるがやけど」

菜月の心臓がドキドキした。

「俺、菜月のこと…」

その時、菜月の携帯が鳴った。圭介からだった。

「ごめん、圭介先輩から」

「ああ、出てええよ」

「もしもし、圭介先輩?」

「菜月さん、無事に着きましたか?」

「はい、今、海にいます」

「海?」

「幼なじみの悠真と一緒に」

電話の向こうで、圭介が少し黙った。

「そうですか。楽しんでくださいね」

「はい、ありがとうございます」

電話を切った後、菜月は悠真を見た。

「ごめん、何の話やった?」

「いや、なんでもない」

悠真は立ち上がった。

「そろそろ戻ろうか。みんな心配するやろ」

「うん」

菜月は、悠真が何か言いかけたことが気になったが、聞けなかった。

◆その夜、旅館で◆

お茶部のみんなで旅館に泊まることになった。

「菜月ちゃん、楽しそうだったね」さくらが言った。

「うん、久しぶりに故郷に帰れて嬉しいがやて」

「悠真くんと仲良しなのね」

「幼なじみやからね」

さくらは少し複雑な表情を浮かべた。

「菜月ちゃん、悠真くんのこと、どう思ってる?」

「どうって、大切な友達やて」

「それだけ?」

「うん、なんで?」

さくらは首を振った。

「なんでもない」

でも、さくらには分かった。悠真が菜月のことを、ただの幼なじみ以上に想っているということ。

◆翌日、おばあちゃんの家へ◆

「おばあちゃん!」

「おお、菜月!よう帰ってきたの」

おばあちゃんが笑顔で迎えてくれた。

「久しぶりやて」

「東京での生活はどうや?」

「楽しいけど、時々故郷が恋しくなるがよ」

「そうやろうの。でも、菜月は東京で頑張っとるって聞いたぞ」

「うん、頑張ってる」

おばあちゃんが和菓子を出してくれた。

「これ、菜月の好きな羽二重餅や」

「わあ、嬉しい!」

一口食べると、懐かしい味が口いっぱいに広がった。

「やっぱり、おばあちゃんの羽二重餅が一番やて」

「そう言ってくれると嬉しいの」

「あのね、おばあちゃん。私、彼氏ができたがやて」

「ほう!それはええことや」

「東京の大学の先輩で、優しい人やて」

「そうか。大切にしなよ」

「うん」

「でもな、菜月」

「うん?」

「自分らしさを忘れんようにの」

「自分らしさ?」

「方言も、故郷のことも、全部菜月の一部や。それを大切にしてくれる人が、本当にええ人やで」

おばあちゃんの言葉が、菜月の心に深く響いた。

「ありがとう、おばあちゃん」

◆帰り際、悠真が見送りに◆

「もう帰るがやな」

「うん、明日の新幹線で」

「そっか」

二人は駅のホームで向き合った。

「菜月、昨日言いかけたことやけど」

「うん」

「やっぱり、言わんとこうと思う」

「え?」

「菜月には圭介先輩がおるやろ?俺の気持ちを言っても、菜月を困らせるだけや」

「悠真…」

「でもな、いつでも菜月の味方やから。何かあったら、いつでも連絡してくれ」

「ありがとう」

菜月は涙が出そうになった。

「悠真、あんたは本当に優しいやて」

「それが幼なじみやからな」

悠真が笑った。でも、その笑顔は少し寂しそうだった。

◆新幹線の中で、帰路◆

「菜月ちゃん、良い帰省だったね」麻美部長が言った。

「はい、すごく楽しかったやて」

さくらが菜月の隣に座った。

「菜月ちゃん、悠真くんのこと、本当に友達だと思ってる?」

「うん、どうして?」

「悠真くん、菜月ちゃんのこと好きだと思うよ」

菜月は驚いた。

「え?」

「気づいてなかった?」

「全然…」

さくらは少し笑った。

「菜月ちゃんは鈍感だから」

「でも、悠真は幼なじみやし…」

「幼なじみだからこそ、言えない気持ちもあるんだよ」

さくらの言葉に、菜月は考え込んだ。

悠真の優しさ、いつも支えてくれること、昨日言いかけたこと。

「もしかして…」

窓の外の景色が流れていく。故郷から離れていく。

菜月の心は複雑だった。

圭介先輩への想い、悠真への感謝、そして故郷への愛着。

全部を大切にしたい。

でも、それは簡単なことではないのかもしれない。

「難しいやて…」

小さくつぶやいて、菜月は窓の外を見つめた。

東京に戻ったら、また日常が始まる。

でも、今回の帰省で気づいたことがたくさんあった。

自分のルーツ、大切な人たち、そして自分らしさ。

「あの町の言葉と、この町のわたし」

両方を持って生きていく。

それが、菜月の選んだ道だった。