圭介と付き合い始めて二週間。菜月の生活は少しずつ変わっていった。

「おはよう、菜月さん」

朝、大学の門の前で圭介が待っていてくれる。

「おはようございます、圭介先輩」

「今日も一日、頑張りましょう」

「はい」

二人は並んで大学に入っていく。周りの学生たちが羨ましそうに見ている。

◆授業の合間に◆

「菜月ちゃん、幸せそうね」

佳乃が笑いながら言った。

「そうかの?」

「そうよ。最近、いつも笑顔だもん」

「恥ずかしいやて」

「でも、良かったじゃん。圭介先輩、すごく優しそうだし」

「うん、本当に優しいがよ」

その時、さくらが通りかかった。

「あ、さくらちゃん」

「菜月ちゃん、お疲れさま」

さくらは笑顔だったが、どこか無理をしているようにも見えた。

「一緒にお昼食べない?」

「ごめん、今日は図書館で調べものがあって」

「そっか」

さくらが去っていく後ろ姿を見て、菜月は少し心配になった。

◆昼休み、圭介と◆

「菜月さん、一緒にお昼食べませんか?」

「はい」

学食で並んで座る二人。

「最近、田島さんの様子が気になります」圭介が言った。

「圭介先輩も気づいてたんですね」

「はい。少し距離を置かれている気がして」

菜月は少し俯いた。

「さくらちゃん、私に告白してくれたがやけど、断ってしまって」

「そうだったんですか」

「今でも、気まずい思いをさせてるんやないかって心配で」

圭介が菜月の手を握った。

「時間が解決してくれますよ。田島さんは強い子だと思います」

「そうやの」

◆お茶部で◆

放課後、お茶部の活動。菜月とさくらは一緒にお茶を点てていた。

「さくらちゃん、最近忙しそうやね」

「うん、ちょっと図書館で勉強することが多くて」

「無理してない?」

「してないよ」さくらが笑った。

でも、その笑顔は少し寂しそうだった。

「あのね、菜月ちゃん」

「うん?」

「私、大丈夫だから。心配しないで」

「でも…」

「本当に大丈夫。ただ、少し時間が必要なだけ」

さくらの正直な言葉に、菜月は頷いた。

「分かった。でも、いつでも話聞くけ」

「ありがとう」

◆寮での生活◆

未来との関係も、少し変わった気がしていた。

「ただいま」

「お帰り。今日はデートだったの?」

「うん、圭介先輩と図書館で勉強してた」

「そう」

未来の笑顔は優しいけれど、どこか遠い感じがする。

「未来ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけ」

「無理してない?」

「してないわよ」

でも、未来の目は少し泣いたように赤かった。

◆ある日の夜、未来との会話◆

「菜月ちゃん、ちょっといい?」

ベッドに入った後、未来が声をかけてきた。

「うん、どうしたん?」

「私ね、来月から実家に帰ることになったの」

「え?」

菜月は驚いて起き上がった。

「家族の事情で。しばらく東京を離れることになった」

「どれくらい?」

「分からない。もしかしたら、このまま東京の大学を辞めるかも」

「そんな…」

菜月の目に涙が浮かんだ。

「未来ちゃん、それって私のせいやろ?」

「違うわよ」未来が首を振った。

「本当に家族の事情なの。菜月ちゃんのせいじゃない」

でも、菜月には分かった。未来が自分から距離を取ろうとしているのだと。

「ごめん、未来ちゃん」

「謝らないで」未来が菜月を抱きしめた。

「私、菜月ちゃんと過ごした時間、一生忘れないから」

「私も忘れんやて」

二人は抱き合って泣いた。

◆翌日、圭介に相談◆

「未来さんが実家に帰る?」

「はい、来月から」

菜月は泣きそうな顔をしていた。

「私のせいやと思うがやて」

「菜月さんのせいじゃありませんよ」

「でも、私が圭介先輩と付き合ったから…」

圭介が菜月の肩を抱いた。

「未来さんは、菜月さんの幸せを願って決断したんだと思います」

「そうやろうか」

「はい。だから、菜月さんができることは、その気持ちを無駄にしないことです」

「無駄にしない?」

「幸せになることです。それが、未来さんへの一番の恩返しだと思います」

圭介の言葉に、菜月は少し救われた気がした。

◆バイト先で◆

「菜月ちゃん、元気ないね」田村店長が心配そうに言った。

「すみません、ちょっと色々あって」

「彼氏とうまくいってないの?」

「いえ、そうやなくて…友達のことで」

菜月はバックヤードで、未来のことを話した。

「なるほどね」田村店長が頷いた。

「菜月ちゃん、友達を大切に思う気持ちは素晴らしいよ。でもね、相手の決断を尊重することも大切なんだ」

「尊重…」

「未来さんは、自分で決めたんでしょ?だったら、その決断を応援してあげなきゃ」

「はい」

佳乃も加わってきた。

「私も同じこと思う。未来ちゃんの気持ち、受け止めてあげな」

「ありがとう、みんな」

◆お茶部でのサプライズ◆

「みなさん、実は発表があります」

ある日の部活で、麻美部長が言った。

「来月、県外の大学との合同お茶会があります」

「県外?」

「はい、北陸の大学と交流することになりました」

菜月の目が輝いた。

「北陸って、福井も?」

「そうよ。福井大学のお茶部と交流するの」

「ほんまですか!」

菜月は嬉しくて飛び上がった。

「やったね、菜月ちゃん」さくらが笑った。

「久しぶりに故郷に帰れるやて」

「その時、悠真くんにも会えるわね」真由が言った。

「うん!」

◆その夜、悠真に電話◆

「もしもし、悠真?」

「おう、菜月。どうしたん?」

「あのね、来月福井に行けることになったがやて」

「ほんまに?嬉しいな」

「お茶部の合同交流会で」

「それは楽しみやな」

「悠真も、会える?」

「もちろんや。時間作るわ」

悠真の声は嬉しそうだった。

「あのね、悠真」

「うん?」

「未来ちゃんが来月、実家に帰ることになったがやて」

「そっか」

「私のせいやと思って、すごく辛いがよ」

「菜月のせいやないで」

「でも…」

「人はそれぞれ、自分の道を選ぶもんや。未来ちゃんも、自分で決めたんやろ?」

「そうやけど」

「やったら、その決断を応援したれ」

悠真の言葉は、いつも菜月の心に響く。

「ありがとう、悠真」

「来月、会えるの楽しみにしとるで」

「私も」

電話を切った後、菜月は少し前向きになれた。

◆未来との最後の夜(出発前夜)◆

「未来ちゃん、本当に明日出発するんやね」

「うん」

二人は並んでベッドに座っていた。

「寂しくなるやて」

「私も寂しい」

「でも、未来ちゃんの決断、応援するから」

「ありがとう、菜月ちゃん」

未来が菜月の手を握った。

「菜月ちゃん、幸せになってね」

「未来ちゃんも」

「私ね、菜月ちゃんに会えて本当に良かった」

「私も」

二人は抱き合った。

「またいつか、会えるよね?」

「もちろん。東京に戻ってきたら、真っ先に菜月ちゃんに連絡するから」

「約束やて」

「約束」

その夜、二人は遅くまで語り合った。

出会った日のこと、楽しかった思い出、これからのこと。

そして朝が来た。

◆見送り◆

「じゃあ、行ってくるね」

駅のホームで、未来が大きな荷物を持って立っていた。

「気をつけてね、未来ちゃん」

「うん」

圭介、さくら、佳乃、お茶部のみんなも見送りに来てくれた。

「未来さん、お元気で」圭介が頭を下げた。

「菜月ちゃんをよろしくお願いします」未来が笑顔で答えた。

「必ず幸せにします」

さくらも未来に近づいた。

「未来ちゃん、私も菜月ちゃんのこと、大切にするから」

「うん、分かってる。さくらちゃんもね」

二人は意味深な笑顔を交わした。同じ気持ちを抱えた二人だからこそ、分かり合えるものがあった。

電車が来た。

「みんな、ありがとう」

未来が電車に乗り込む。

「未来ちゃん!」

菜月が叫んだ。

「ありがとう、大好きやて!」

「私も大好き!」

電車が動き出す。未来が手を振っている。

菜月も必死に手を振った。涙が止まらなかった。

電車が見えなくなるまで、菜月は手を振り続けた。

◆その夜、一人の部屋で◆

未来がいない部屋は、とても広く感じた。

「寂しいやて…」

菜月は未来のベッドに座った。まだ未来の匂いが残っている。

携帯が鳴った。悠真からだった。

「もしもし」

「菜月、泣いとっけ?」

「なんで分かるがやて」

「声で分かる。未来ちゃん、無事に出発したんやな」

「うん」

「寂しいやろ?」

「うん、すごく寂しい」

「でも、菜月には圭介先輩も、さくらちゃんも、みんながおるやろ」

「そうやけど」

「それに、俺もおる」

悠真の優しい声に、菜月は涙が溢れた。

「ありがとう、悠真」

「来月、会えるの楽しみにしとるで」

「私も」

電話を切った後、菜月は窓の外を見た。

東京の夜景がきらめいている。

未来がいなくなって寂しいけれど、前に進まなければならない。

未来の分まで、幸せになろう。

そう決心して、菜月はベッドに入った。

明日から、また新しい日々が始まる。

方言と標準語、故郷と東京、全部を大切にしながら。

「あの町の言葉と、この町のわたし」

菜月は、両方を持って生きていく。