日曜日の朝。菜月は6時に目が覚めた。
「緊張して眠れんかったやて」
鏡の前で何度も髪型をチェックする。淡いブルーのワンピースに白いカーディガン。未来が選んでくれた服装だ。
「菜月ちゃん、とても可愛いよ」
未来が笑顔で言ってくれたが、その笑顔は少し寂しげだった。
「ありがとう、未来ちゃん。あんたのおかげやて」
「楽しんできてね」
未来の声は優しかったが、どこか遠い感じがした。
◆待ち合わせ場所の駅前◆
「お待たせしました」
圭介が爽やかな笑顔で現れた。白いシャツにジーンズ、カジュアルだけど清潔感がある。
「いえ、私も今来たところやて」
「その服、とても似合ってますね」
「ありがとうございます」
菜月の顔が少し赤くなった。
「今日はどこに行くんですか?」
「まずは美術館を見て、それからランチ。午後は菜月さんの行きたい場所に行きましょう」
「わあ、楽しみやて」
◆美術館で◆
「この絵、綺麗やの」
印象派の絵画を見ながら、菜月が感嘆した。
「『やの』…この語尾、本当に温かい響きですね」
圭介がまたメモ帳を取り出しかけて、ハッとして止めた。
「あ、すみません。菜月さん、今の言葉、メモしてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
菜月が笑顔で許可すると、圭介は嬉しそうにメモを取った。
「ありがとうございます。でも、今日はデートなので、あまりメモばかり取らないようにします」
「大丈夫ですよ。圭介先輩が興味を持ってくれるのは嬉しいがやから」
二人は美術館をゆっくり回った。圭介は絵画の説明を丁寧にしてくれて、菜月は興味深く聞いていた。
◆ランチのレストランで◆
「ここ、おしゃれなお店やの」
窓際の席に案内された二人。外の景色が綺麗に見える。
「菜月さんに喜んでもらいたくて、色々調べたんです」
「ありがとうございます」
メニューを見ながら、菜月は少し緊張していた。
「何にしようかの。どれも美味しそうやて」
「おすすめはパスタとリゾットです」
「じゃあ、パスタにします」
注文を終えて、二人は向き合った。少し気まずい沈黙。
「あの、菜月さん」
「はい?」
「僕、前から聞きたかったことがあるんです」
「何ですか?」
「福井での生活は、どんな感じだったんですか?」
菜月の表情が柔らかくなった。
「のどかで、みんな優しくて。おばあちゃんの家が好きやて」
「おばあさんとは仲が良いんですね」
「はい、小さい時からよう面倒見てもらって」
菜月は故郷の話を楽しそうに語った。田んぼの風景、お祭り、おばあちゃんの和菓子作り。
圭介は真剣に聞いていた。でも、時々メモを取りたそうにする仕草が気になった。
「圭介先輩、メモしたいなら、どうぞ」
「いえ、今は菜月さんとの時間を楽しみたいので」
その言葉に、菜月は嬉しくなった。
「このパスタ、めっちゃ美味しいやて」
「良かったです」
「圭介先輩は、なんで言語学に興味持ったんですか?」
圭介が少し考えてから答えた。
「僕の祖母が関西出身で、関西弁で話すんです。標準語とは違う温かさがあって、それが言葉への興味のきっかけでした」
「そうやったんですね」
「だから、菜月さんの福井弁も、最初に聞いた時すぐに惹かれました」
「方言だけに惹かれたんですか?」
菜月が少し不安そうに聞いた。
「いえ、違います」圭介が真剣な表情で答えた。
「最初は方言に興味を持ちましたが、今は菜月さん自身に惹かれています」
菜月の胸がドキドキした。
「菜月さんの優しさや、故郷を大切にする心、そして何より、自分らしくいようとする強さに惹かれました」
「圭介先輩…」
「だから、僕は菜月さんのことを研究対象として見ているわけじゃありません。一人の女性として、好きです」
菜月の顔が真っ赤になった。
◆食後の散歩◆
二人は公園を散歩していた。
「あの、圭介先輩」
「はい?」
「私、東京に来てから、自分の方言がコンプレックスやったんです」
「そうなんですか?」
「みんなに笑われたり、誤解されたり。でも、圭介先輩は私の方言を『美しい』って言ってくれた」
「それは本心です」
「でも、時々不安になるやて。方言を研究してるだけやないかって」
圭介が立ち止まった。
「菜月さん、正直に言います」
「はい」
「僕は言語学者を目指しています。だから、方言への学術的な興味は確かにあります」
菜月の表情が少し曇った。
「でも」圭介が続けた。「菜月さんへの気持ちは、それとは全く別です」
「本当ですか?」
「本当です。もし僕が研究だけのために近づいたのなら、こんなに緊張しないし、デートの前日も眠れなかったりしません」
「え?圭介先輩も眠れなかったんですか?」
「はい。緊張して」
二人は笑い合った。
「私も、全然眠れんかったやて」
「良かった、僕だけじゃなくて」
「菜月さん、行きたい場所はありますか?」
「本屋さんに行きたいやて」
「本屋さん?」
「はい、料理の本を見たくて」
二人は大きな書店に入った。菜月は料理コーナーで、熱心に和菓子の本を見ていた。
「これ、ええやて!おばあちゃんに教えてもらったお菓子が載っとる」
菜月が嬉しそうに本を開いている。その表情がとても自然で、圭介は見とれていた。
「圭介先輩、どうしたんですか?」
「いえ、菜月さんが楽しそうで、嬉しくて」
「あ、ごめんなさい。つまらないですよね」
「いいえ、全然。菜月さんの好きなことを見られて幸せです」
圭介の言葉に、菜月は心が温まった。
◆カフェで休憩◆
「今日は楽しかったやて」
カフェでお茶を飲みながら、菜月が笑顔で言った。
「僕も楽しかったです」
「圭介先輩といると、安心するがよ」
「それは嬉しいです」
でも、圭介は少し複雑な表情を見せた。
「どうしたんですか?」
「あの、菜月さん。僕、一つ気になっていることがあって」
「何ですか?」
「お茶部の田島さん、菜月さんのこと、すごく大切に思っているみたいですね」
菜月はハッとした。
「さくらちゃん?」
「はい。僕が菜月さんに近づくと、いつも厳しい目で見られるんです」
「ごめんなさい、さくらちゃん、ちょっと心配性で…」
「いえ、それだけじゃないような気がします」
圭介の言葉に、菜月は考え込んだ。
「もしかして、田島さんは…」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
圭介は言いかけて止めた。さくらが菜月に恋心を抱いているのでは、という推測。でも、それを言うべきかどうか迷った。
◆夕方、駅前で◆
「今日は本当にありがとうございました」
別れ際、菜月が深々と頭を下げた。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
「また、お会いできますか?」
「もちろんです」
二人は見つめ合った。圭介が一歩近づく。
「菜月さん、僕と付き合ってください」
菜月の心臓がドキドキした。
「あの…」
「急がなくてもいいです。ゆっくり考えてください」
「ありがとうございます。少し、時間をください」
「もちろんです」
圭介が優しく微笑んだ。
「それでは、気をつけて帰ってくださいね」
「はい」
◆寮に帰って◆
「ただいま」
部屋に帰ると、未来が待っていた。
「お帰り。どうだった?」
「楽しかったやて」
菜月は今日のことを話した。美術館、ランチ、本屋さん。そして最後の告白。
「良かったじゃない」未来が笑顔で言った。
でも、その笑顔の裏に、深い悲しみが隠れているのを菜月は感じた。
「未来ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。菜月ちゃんが幸せならいいの」
「でも…」
その時、携帯が鳴った。さくらからだった。
「もしもし、さくらちゃん?」
「菜月ちゃん、デート、どうだった?」
声が少し震えている。
「楽しかったよ」
「そう…良かったね」
さくらの声には、涙が混じっているように聞こえた。
「さくらちゃん、明日、話せる?」
「うん」
電話を切った後、菜月は考え込んだ。
圭介先輩は本当に優しくて、素敵な人。でも、さくらの様子が気になる。未来も、どこか無理してる気がする。
「どうしたらええがやろう」
小さくつぶやいて、菜月はベッドに座り込んだ。
恋は、思った以上に複雑で難しい。
自分の気持ちだけじゃなく、周りの人の気持ちも考えなければいけない。
明日、さくらとちゃんと話そう。
そう決心して、菜月は眠りについた。
でも、その夜、さくらも未来も、なかなか眠れずにいた。
菜月の幸せを願いながらも、自分の気持ちに苦しんでいた。
恋は、誰かを幸せにする一方で、誰かを傷つけてしまう。
それでも、みんな前に進むしかないのだ。
「緊張して眠れんかったやて」
鏡の前で何度も髪型をチェックする。淡いブルーのワンピースに白いカーディガン。未来が選んでくれた服装だ。
「菜月ちゃん、とても可愛いよ」
未来が笑顔で言ってくれたが、その笑顔は少し寂しげだった。
「ありがとう、未来ちゃん。あんたのおかげやて」
「楽しんできてね」
未来の声は優しかったが、どこか遠い感じがした。
◆待ち合わせ場所の駅前◆
「お待たせしました」
圭介が爽やかな笑顔で現れた。白いシャツにジーンズ、カジュアルだけど清潔感がある。
「いえ、私も今来たところやて」
「その服、とても似合ってますね」
「ありがとうございます」
菜月の顔が少し赤くなった。
「今日はどこに行くんですか?」
「まずは美術館を見て、それからランチ。午後は菜月さんの行きたい場所に行きましょう」
「わあ、楽しみやて」
◆美術館で◆
「この絵、綺麗やの」
印象派の絵画を見ながら、菜月が感嘆した。
「『やの』…この語尾、本当に温かい響きですね」
圭介がまたメモ帳を取り出しかけて、ハッとして止めた。
「あ、すみません。菜月さん、今の言葉、メモしてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
菜月が笑顔で許可すると、圭介は嬉しそうにメモを取った。
「ありがとうございます。でも、今日はデートなので、あまりメモばかり取らないようにします」
「大丈夫ですよ。圭介先輩が興味を持ってくれるのは嬉しいがやから」
二人は美術館をゆっくり回った。圭介は絵画の説明を丁寧にしてくれて、菜月は興味深く聞いていた。
◆ランチのレストランで◆
「ここ、おしゃれなお店やの」
窓際の席に案内された二人。外の景色が綺麗に見える。
「菜月さんに喜んでもらいたくて、色々調べたんです」
「ありがとうございます」
メニューを見ながら、菜月は少し緊張していた。
「何にしようかの。どれも美味しそうやて」
「おすすめはパスタとリゾットです」
「じゃあ、パスタにします」
注文を終えて、二人は向き合った。少し気まずい沈黙。
「あの、菜月さん」
「はい?」
「僕、前から聞きたかったことがあるんです」
「何ですか?」
「福井での生活は、どんな感じだったんですか?」
菜月の表情が柔らかくなった。
「のどかで、みんな優しくて。おばあちゃんの家が好きやて」
「おばあさんとは仲が良いんですね」
「はい、小さい時からよう面倒見てもらって」
菜月は故郷の話を楽しそうに語った。田んぼの風景、お祭り、おばあちゃんの和菓子作り。
圭介は真剣に聞いていた。でも、時々メモを取りたそうにする仕草が気になった。
「圭介先輩、メモしたいなら、どうぞ」
「いえ、今は菜月さんとの時間を楽しみたいので」
その言葉に、菜月は嬉しくなった。
「このパスタ、めっちゃ美味しいやて」
「良かったです」
「圭介先輩は、なんで言語学に興味持ったんですか?」
圭介が少し考えてから答えた。
「僕の祖母が関西出身で、関西弁で話すんです。標準語とは違う温かさがあって、それが言葉への興味のきっかけでした」
「そうやったんですね」
「だから、菜月さんの福井弁も、最初に聞いた時すぐに惹かれました」
「方言だけに惹かれたんですか?」
菜月が少し不安そうに聞いた。
「いえ、違います」圭介が真剣な表情で答えた。
「最初は方言に興味を持ちましたが、今は菜月さん自身に惹かれています」
菜月の胸がドキドキした。
「菜月さんの優しさや、故郷を大切にする心、そして何より、自分らしくいようとする強さに惹かれました」
「圭介先輩…」
「だから、僕は菜月さんのことを研究対象として見ているわけじゃありません。一人の女性として、好きです」
菜月の顔が真っ赤になった。
◆食後の散歩◆
二人は公園を散歩していた。
「あの、圭介先輩」
「はい?」
「私、東京に来てから、自分の方言がコンプレックスやったんです」
「そうなんですか?」
「みんなに笑われたり、誤解されたり。でも、圭介先輩は私の方言を『美しい』って言ってくれた」
「それは本心です」
「でも、時々不安になるやて。方言を研究してるだけやないかって」
圭介が立ち止まった。
「菜月さん、正直に言います」
「はい」
「僕は言語学者を目指しています。だから、方言への学術的な興味は確かにあります」
菜月の表情が少し曇った。
「でも」圭介が続けた。「菜月さんへの気持ちは、それとは全く別です」
「本当ですか?」
「本当です。もし僕が研究だけのために近づいたのなら、こんなに緊張しないし、デートの前日も眠れなかったりしません」
「え?圭介先輩も眠れなかったんですか?」
「はい。緊張して」
二人は笑い合った。
「私も、全然眠れんかったやて」
「良かった、僕だけじゃなくて」
「菜月さん、行きたい場所はありますか?」
「本屋さんに行きたいやて」
「本屋さん?」
「はい、料理の本を見たくて」
二人は大きな書店に入った。菜月は料理コーナーで、熱心に和菓子の本を見ていた。
「これ、ええやて!おばあちゃんに教えてもらったお菓子が載っとる」
菜月が嬉しそうに本を開いている。その表情がとても自然で、圭介は見とれていた。
「圭介先輩、どうしたんですか?」
「いえ、菜月さんが楽しそうで、嬉しくて」
「あ、ごめんなさい。つまらないですよね」
「いいえ、全然。菜月さんの好きなことを見られて幸せです」
圭介の言葉に、菜月は心が温まった。
◆カフェで休憩◆
「今日は楽しかったやて」
カフェでお茶を飲みながら、菜月が笑顔で言った。
「僕も楽しかったです」
「圭介先輩といると、安心するがよ」
「それは嬉しいです」
でも、圭介は少し複雑な表情を見せた。
「どうしたんですか?」
「あの、菜月さん。僕、一つ気になっていることがあって」
「何ですか?」
「お茶部の田島さん、菜月さんのこと、すごく大切に思っているみたいですね」
菜月はハッとした。
「さくらちゃん?」
「はい。僕が菜月さんに近づくと、いつも厳しい目で見られるんです」
「ごめんなさい、さくらちゃん、ちょっと心配性で…」
「いえ、それだけじゃないような気がします」
圭介の言葉に、菜月は考え込んだ。
「もしかして、田島さんは…」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
圭介は言いかけて止めた。さくらが菜月に恋心を抱いているのでは、という推測。でも、それを言うべきかどうか迷った。
◆夕方、駅前で◆
「今日は本当にありがとうございました」
別れ際、菜月が深々と頭を下げた。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
「また、お会いできますか?」
「もちろんです」
二人は見つめ合った。圭介が一歩近づく。
「菜月さん、僕と付き合ってください」
菜月の心臓がドキドキした。
「あの…」
「急がなくてもいいです。ゆっくり考えてください」
「ありがとうございます。少し、時間をください」
「もちろんです」
圭介が優しく微笑んだ。
「それでは、気をつけて帰ってくださいね」
「はい」
◆寮に帰って◆
「ただいま」
部屋に帰ると、未来が待っていた。
「お帰り。どうだった?」
「楽しかったやて」
菜月は今日のことを話した。美術館、ランチ、本屋さん。そして最後の告白。
「良かったじゃない」未来が笑顔で言った。
でも、その笑顔の裏に、深い悲しみが隠れているのを菜月は感じた。
「未来ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。菜月ちゃんが幸せならいいの」
「でも…」
その時、携帯が鳴った。さくらからだった。
「もしもし、さくらちゃん?」
「菜月ちゃん、デート、どうだった?」
声が少し震えている。
「楽しかったよ」
「そう…良かったね」
さくらの声には、涙が混じっているように聞こえた。
「さくらちゃん、明日、話せる?」
「うん」
電話を切った後、菜月は考え込んだ。
圭介先輩は本当に優しくて、素敵な人。でも、さくらの様子が気になる。未来も、どこか無理してる気がする。
「どうしたらええがやろう」
小さくつぶやいて、菜月はベッドに座り込んだ。
恋は、思った以上に複雑で難しい。
自分の気持ちだけじゃなく、周りの人の気持ちも考えなければいけない。
明日、さくらとちゃんと話そう。
そう決心して、菜月は眠りについた。
でも、その夜、さくらも未来も、なかなか眠れずにいた。
菜月の幸せを願いながらも、自分の気持ちに苦しんでいた。
恋は、誰かを幸せにする一方で、誰かを傷つけてしまう。
それでも、みんな前に進むしかないのだ。



