けれど、紗良は唇を噛みしめた。
問いただせば、夫を疑っていることが露わになってしまう。
それは彼の誇りを傷つけ、自分の弱さを曝け出すことになる。

「紗良?」
「……少し、疲れているだけ。ごめんなさい」

怜司は心配そうに眉をひそめ、そっと彼女の髪を撫でた。
「無理をするな。君の笑顔が僕の力になるんだ」

――その言葉すら、今は遠く響く。
耳に届いても、胸の奥には届かない。



怜司が眠りについた後、紗良は静かに寝室を抜け出した。
広いリビングのソファに座り込み、両手で顔を覆う。

「どうすれば……信じられるの」

噂。
目撃。
そして、彼自身の優しすぎる言葉。

すべてが、真実なのか嘘なのか分からない。
ただひとつ確かなのは――彼の瞳が、別の女性を映していたという事実だった。



夜明け前。
窓の外が白み始めても、紗良は眠ることができなかった。
心の奥にひびが入ったまま、静かな孤独が彼女を包み込む。

そしてそのひび割れは、次の瞬間に訪れる「絶望の宣告」へと繋がっていくのだった。