神宮寺邸のバルコニー。
初夏の風がカーテンを揺らし、遠くに街の灯りが瞬いていた。
玲奈はワイングラスを手に、静かに夜を見つめていた。

(あの方は――もう、決して振り向かない)

怜司の冷たい声が耳に蘇る。
「俺の妻は紗良だけだ」

幾度も夢で繰り返し、目覚めるたびに胸を締めつけてきた言葉。
拒絶されてもなお、心は熱く震えてしまった。



父・英臣は失脚し、神宮寺家の影響力は一時的に大きく揺らいだ。
玲奈はその後処理に追われながらも、奇妙な静けさを覚えていた。

「負けたのは……父ではなく、私」

呟く声は夜に溶ける。
怜司を奪おうとした自分は、結局ただの孤独な娘でしかなかった。



ふと、庭を歩く二人の影が脳裏に浮かぶ。
寄り添い、同じ未来を見上げる怜司と紗良。
――あの絆に自分は入れなかった。

涙が一筋、頬を伝う。
グラスを傾け、唇に苦い笑みを浮かべた。

「でも……後悔はしない。たとえ手に入らなくても、怜司さまを本気で愛したのは事実だから」



玲奈は夜空を仰ぎ、深く息を吸った。
新しい風が頬を撫でる。

(私も、もう前を向かなくては……いつかきっと、この胸の痛みを誇れる日が来るはず)

強がりにも似た微笑みを浮かべながら、グラスを静かに置いた。
夜の静寂が、彼女の孤独をやさしく包み込んでいた。