緑に色づき始めた葉。
その風情を物ともせず人を押しのけ、僕の名を呼んだ男子生徒。
「五木玲……だよな? 頼みがあって―――」
「はぁ。文化祭実行委員、ですか?あいにく予定がありまして。他の方に頼んで頂きたく」
「そこをなんとかできないか。まずいんだよ、委員のメンバーがさ」
あーもう……倒置法とかいうやつかな、まどろっこしい。
「どこがどう まずいのですか?人に頼みに来るほど人数が少ない訳ではなさそうですけど」
事実、クラスでも“やりたい”と声をあげる人間は多かった。
「でもな……実行委員長のせいでまずいことになりそうなんだ。
委員長が花沢なんだ。分かるか?あの去年 問題になった……」
「夏休み中、二年生でたった一人補習を受けたと言われている現在三-Bの女生徒ですよね。
補習により夏休み一週間の損失を負った、との言い分を
計四十六日にわたり周囲に語り続けていたという。
他人に暴力や授業の中断等の迷惑をかけたと聞きました」
溜息、そして額に手を当て、俯いた彼。
「あぁ……それだ。そいつが委員長になったからな。
このままじゃ十中八九どころか九分九厘、不完全な状態で本番を迎えることになる。
そんなの嫌なんだ。一番頼りになるのが五木だから……頼めないか?」
……不完全?
僕が最も忌む言葉。世界一、人として最低な言語。
「本当に不完全になりそうですね」
心底忌々しく思いながらその単語を口に出した途端、彼の声色が暗くなった。
「そうだよ。だから頼みたかったんだが……無理言ってすまない」
「……いや、参加します」
不完全だとか、不十分とか……そんなのは大嫌いだ。
「……不完全だったならば、僕が完璧にしてみせましょう」
はっきりと告げると、安堵の表情を浮かべた彼が、書類を手渡してきた。
「助かる。これが、文化祭実行委員の詳しい情報だ。ちゃんと集まってくれ」
「もちろんです」
受け取ると、即座に帰り支度を始めた彼。
「そういえば、お名前は」
問うと、思い出したように口を開いた。
「あぁ、名乗っていなかったか。
唐澤だ。唐澤 飛俊。同じ三年生で……組も言ったほうがいいか?」
唐澤。
「大丈夫です、唐澤は……3-Fですよね」
驚いた顔とともに渡された名簿。
「当たりだ。実行委員全員の名前があるから、覚えといてほしい」
「分かりました」
頷いて、唐澤とほぼ同時にカバンを掴む。
「さようなら」
そう告げて、早足で唐澤から遠ざかる。
……電車を使わないと、帰りが遅くなる可能性あり……か。
幸い、この時間にはまだ電車は多いはず。
急げば乗れる……間に合うかどうか。
「セー、フ……で、しょう……か……」
ギリギリで乗った僕を乗せた電車は、スピードを上げながら走っていく。
「……さようなら、貴方が望もうとも私は戻ってきません……」
……は?
何言っているんだ、この人……焦げ茶色の髪を、俗に言うポニーテールにしている女子。
真っ白のイヤホンをつけて、スマホを持っている。
制服は山海学園……金持ちばかりが通う女子中学校のものだ。
そんなところに通うくらいなのだから、もっと勉強をしないと駄目なのではないか……。
そう思うが、彼女の発する謎の言葉の数々に翻弄されてしまう。
本当に何をしているのか……。
「Translate in your head……頭の中で翻訳する……て意味。
英語の歌詞を日本語に変換してるの」
へぇ……意外と、ていうのは失礼だけど……凄いんだな……。
って……あれ……。
なんで思ってることが分かったんだろう……
「なんで分かったんだ、て顔してる。
表情でなんとなく分かる……だけだから。特別なことじゃない」
「そうなん、ですか」
人の表情を読んで、そこから気持ちを考えとっている、てことだ。
そんなこと、簡単にできるものじゃない。
ということは、つまり。
つまりこの人は。
―――本物の、天才なんだ。
その風情を物ともせず人を押しのけ、僕の名を呼んだ男子生徒。
「五木玲……だよな? 頼みがあって―――」
「はぁ。文化祭実行委員、ですか?あいにく予定がありまして。他の方に頼んで頂きたく」
「そこをなんとかできないか。まずいんだよ、委員のメンバーがさ」
あーもう……倒置法とかいうやつかな、まどろっこしい。
「どこがどう まずいのですか?人に頼みに来るほど人数が少ない訳ではなさそうですけど」
事実、クラスでも“やりたい”と声をあげる人間は多かった。
「でもな……実行委員長のせいでまずいことになりそうなんだ。
委員長が花沢なんだ。分かるか?あの去年 問題になった……」
「夏休み中、二年生でたった一人補習を受けたと言われている現在三-Bの女生徒ですよね。
補習により夏休み一週間の損失を負った、との言い分を
計四十六日にわたり周囲に語り続けていたという。
他人に暴力や授業の中断等の迷惑をかけたと聞きました」
溜息、そして額に手を当て、俯いた彼。
「あぁ……それだ。そいつが委員長になったからな。
このままじゃ十中八九どころか九分九厘、不完全な状態で本番を迎えることになる。
そんなの嫌なんだ。一番頼りになるのが五木だから……頼めないか?」
……不完全?
僕が最も忌む言葉。世界一、人として最低な言語。
「本当に不完全になりそうですね」
心底忌々しく思いながらその単語を口に出した途端、彼の声色が暗くなった。
「そうだよ。だから頼みたかったんだが……無理言ってすまない」
「……いや、参加します」
不完全だとか、不十分とか……そんなのは大嫌いだ。
「……不完全だったならば、僕が完璧にしてみせましょう」
はっきりと告げると、安堵の表情を浮かべた彼が、書類を手渡してきた。
「助かる。これが、文化祭実行委員の詳しい情報だ。ちゃんと集まってくれ」
「もちろんです」
受け取ると、即座に帰り支度を始めた彼。
「そういえば、お名前は」
問うと、思い出したように口を開いた。
「あぁ、名乗っていなかったか。
唐澤だ。唐澤 飛俊。同じ三年生で……組も言ったほうがいいか?」
唐澤。
「大丈夫です、唐澤は……3-Fですよね」
驚いた顔とともに渡された名簿。
「当たりだ。実行委員全員の名前があるから、覚えといてほしい」
「分かりました」
頷いて、唐澤とほぼ同時にカバンを掴む。
「さようなら」
そう告げて、早足で唐澤から遠ざかる。
……電車を使わないと、帰りが遅くなる可能性あり……か。
幸い、この時間にはまだ電車は多いはず。
急げば乗れる……間に合うかどうか。
「セー、フ……で、しょう……か……」
ギリギリで乗った僕を乗せた電車は、スピードを上げながら走っていく。
「……さようなら、貴方が望もうとも私は戻ってきません……」
……は?
何言っているんだ、この人……焦げ茶色の髪を、俗に言うポニーテールにしている女子。
真っ白のイヤホンをつけて、スマホを持っている。
制服は山海学園……金持ちばかりが通う女子中学校のものだ。
そんなところに通うくらいなのだから、もっと勉強をしないと駄目なのではないか……。
そう思うが、彼女の発する謎の言葉の数々に翻弄されてしまう。
本当に何をしているのか……。
「Translate in your head……頭の中で翻訳する……て意味。
英語の歌詞を日本語に変換してるの」
へぇ……意外と、ていうのは失礼だけど……凄いんだな……。
って……あれ……。
なんで思ってることが分かったんだろう……
「なんで分かったんだ、て顔してる。
表情でなんとなく分かる……だけだから。特別なことじゃない」
「そうなん、ですか」
人の表情を読んで、そこから気持ちを考えとっている、てことだ。
そんなこと、簡単にできるものじゃない。
ということは、つまり。
つまりこの人は。
―――本物の、天才なんだ。


