午後の廊下。
 窓から射し込む光が白い床に反射し、人気のない空気がひんやりと漂っていた。
 コピーを取りに行こうと歩いていた私の背後から、ヒールの音が響いてくる。

「片山さん」

 呼び止められて振り返ると、そこには由梨が立っていた。
 赤い唇にゆるやかな笑みを浮かべ、長い髪を肩に流している。
 その視線は、どこか冷ややかだった。

「少し、お話があるの。いいかしら?」
「……はい」

 促されるままに休憩スペースへと足を運ぶ。
 人の気配がないことを確認すると、由梨はゆっくりと口を開いた。

「単刀直入に言うわ。拓也には近づかないで」

 淡々とした声。
 けれどその響きは鋭く、心を抉った。

「……どういう、意味ですか」
「そのままの意味よ。拓也は私にとって大切な人。大学の頃から、ずっとね」

 大学の頃――。
 その言葉に、胸の奥が痛んだ。
 あの頃、彼女が拓也の隣にいた姿を何度も見た。
 笑い合い、肩を並べる二人を。
 だから私は、何も言えなかった。

「あなたも気づいているでしょう? 彼は私のそばにいるべき人なの。社内の誰もがそう思ってる」

 由梨の瞳は揺らがない。
 勝ち誇るでもなく、当たり前の事実を述べるように告げられる。
 私の心は一気に沈んでいく。

「……分かりました」

 絞り出した声は、震えていた。
 由梨は満足げに微笑み、踵を返す。

「物分りいいわね。その方があなたのためよ」

 ヒールの音が遠ざかる。
 残された私は、力が抜けて壁に手をついた。

 ――やっぱり、私は場違いなんだ。
 拓也の隣に立てるのは、最初から私じゃなかった。

 視界がにじみ、涙が溢れそうになる。
 必死に堪えながら、胸の奥で小さく呟いた。

「もう……期待なんてしない」