夕方のオフィス。
 窓の外では陽が沈みかけ、ガラスに橙色の光が反射していた。
 コピー機の前で紙詰まりに苦戦していると、後ろから声がした。

「片山、困ってる?」

 振り返ると颯真が立っていた。
 白いシャツの袖をまくり、軽やかに操作盤に指を走らせる。

「ほら、こうすれば簡単に直る」
「あ、ありがとう」
「お礼に、今度コーヒー奢ってもらおうかな」

 冗談めかした笑顔に、思わず笑ってしまう。
 緊張していた肩の力がふっと抜けた。

「片山って、もっと人に甘えればいいのに」
「え?」
「頑張りすぎるからさ。……そういうとこ、放っておけない」

 その一言に、胸がかすかに揺れた。
 颯真の優しさは、時に心を支えてくれる。
 でも――。

「……仲いいな。」

 低い声が背後から響いた。
 驚いて振り返ると、拓也が立っていた。
 鋭い黒曜石の瞳が、颯真と私を交互に見ている。

「西園寺さん」
 颯真は明るく声をかける。
 しかし、拓也の表情は固いままだった。

「片山、もうすぐ提出の資料、できてるか?」
「あ、はい。あと少しで」
「……そうか」

 必要以上に冷たい声。
 それはまるで「颯真と笑い合う時間があるなら、仕事をしろ」と言われているようで、胸が痛む。

「じゃあ、後で俺のところに持ってきてくれ」

 拓也はそれだけ告げ、足早に去っていった。
 残された空気は妙に張り詰めていて、私は言葉を失った。

「……なんか機嫌悪そうだったな」
「気のせい……だと思う」

 笑顔を作ってごまかすけれど、心臓の鼓動は止まらない。
 なぜ彼が、あんな表情をしたのか――答えは分からない。

 ただひとつ分かるのは、私の心がまた彼に乱されているということ。