午後の会議が終わり、私は資料をまとめるために会議室へ戻った。
 ドアを開けた瞬間、視界に飛び込んできた光景に、足が止まる。

「拓也くん、今日のプレゼン、本当に素晴らしかったわ」

 由梨の艶やかな声。
 長い髪を揺らしながら、彼の胸元へと手を伸ばす。

「ほら……ネクタイ、少し曲がってる」

 細い指が拓也のネクタイに触れる。
 拓也は少し後ずさるように身を引いたが、由梨は構わず微笑んで近づいた。

「……自分で直せる」
「遠慮しないで。私に任せて」

 距離が近い。
 その姿は、まるで恋人同士のように親密だった。

 胸がきゅっと締めつけられる。
 ――やっぱり。
 二人は、ただの同僚じゃない。

「ねえ、拓也くん。今夜、食事に行かない? 二人だけで。……久しぶりにゆっくり話したいの」

 由梨が囁くように言葉を重ねる。
 私はドアの隙間から見ていることしかできない。
 声をかけようとした唇は、震えて動かなかった。

「……由梨、それは――」

 拓也の声が低く響く。
 けれど続きは聞こえなかった。
 由梨の笑顔が彼の視線を塞ぎ、私の心をさらに掻き乱す。

 手にしていたファイルを強く握りしめる。
 呼吸が浅くなる。
 見てはいけない、そう分かっているのに、視線を外せなかった。

 その時、由梨がふとこちらに気づいた。
 ほんの一瞬だけ、私の方へ視線を流し――口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 居場所を失ったように、私はその場から駆け出した。
 廊下を走る足音が、自分の心臓の音と重なる。

 ――もう、期待なんてしない。
 そう言い聞かせながらも、涙は止まらなかった。