昼のチャイムが鳴ると同時に、オフィスがざわめきに包まれた。
 社員食堂へと向かう人の流れに乗りながら、私はトレーを手にして列に並ぶ。
 カレーの香り、味噌汁の湯気、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
 それだけで少し気持ちがほぐれていく。

「片山、一緒にどう?」

 振り向けば、颯真がトレーを片手に笑顔を向けていた。
 相変わらず人懐っこいその表情に、周囲の女性社員たちがちらりと視線を送るのが分かる。

「うん、いいよ」

 二人並んで席につくと、颯真は何気ない調子で話を切り出した。

「この前の資料、すごく分かりやすかったって部の人が褒めてたよ」
「本当? ただの庶務なのに、そんな大げさな」
「いやいや。片山は仕事が丁寧だから。……だから、俺も助かってる」

 からかうように笑う声が、自然と心を軽くしてくれる。
 気がつけば、久しぶりに声を立てて笑っていた。

 その時。
 ふと視線を上げると、社員食堂の入口から入ってきた拓也の姿が目に入った。
 背の高いスーツ姿が、どんな人ごみの中でも際立っている。
 隣には由梨がぴたりと寄り添い、何か耳打ちして笑っていた。

 拓也の視線が、颯真と並ぶ私に向けられる。
 一瞬だけ、黒曜石のような瞳が険しく揺れた。

「……?」

 胸がざわつく。
 でも、気のせいかもしれない。
 彼にとって、私はただの同期の一人に過ぎないはずだから。

「片山?」
「あ、なに?」
「いや、ちょっと顔色が変わったから」

 颯真の気遣う声に、慌てて笑顔を作る。
 その向こうで、由梨がこちらに気づき、唇にうっすらと笑みを浮かべた。
 挑発するように、勝ち誇ったように。

 ――やっぱり。
 二人は、特別な関係。

 スプーンを握る指先が震えた。
 食堂のざわめきの中で、私は声にならない溜息を飲み込んだ。