午後のオフィスは、電話の着信音やキーボードの打鍵音が絶え間なく響いていた。
 私は資料を抱えてフロアを歩き、開発部のデスクに向かう。

「片山、助かるよ」

 声をかけてきたのは颯真だった。
 書類を受け取ると、子どものように明るく笑う。
 その笑顔に、思わずこちらも微笑んでしまう。

「いつも無理言ってごめんな」
「ううん。これも仕事だから」
「でも、片山は真面目すぎるんだよな。……もう少し肩の力抜いてもいいのに」

 軽く冗談めかして言う声に、不思議と心が温かくなる。
 颯真はいつだって自然体で、誰に対しても壁を作らない。
 大学時代の拓也とは、正反対のタイプだ。

 ――そんな時。
 背後から低い声が聞こえてきて、心臓が跳ねた。

「……楽しそうだな」

 振り返ると、そこには拓也が立っていた。
 営業部のファイルを片手に、黒曜石の瞳でじっとこちらを見ている。
 その視線には、どこか冷たさと苛立ちが混じっていた。

「西園寺さん。こんにちは!」

 颯真が気さくに声をかけるが、拓也は短く頷くだけ。
 視線は終始、私に注がれている。

「片山、もう戻る時間じゃないのか」
「え、あ……そうですね」

 急かすような声音に、胸がざわめく。
 颯真は不思議そうに眉を寄せながらも、気づかぬふりをして笑った。

「じゃあ、またな。片山」

 軽やかに手を振る颯真。
 その無邪気な笑顔を見送りながら、私は背後から刺さるような拓也の視線を感じていた。

 ――どうして。
 どうして彼が、あんな顔をするのだろう。

 心の奥で抑えていた感情が、また揺さぶられていく。