颯真の言葉と拓也の嫉妬に挟まれた私は、どうしていいか分からなくなっていた。
 けれど、その緊張を破るように、拓也が私の腕を掴んだ。

「片山……いや、紗奈」

 名前を呼ぶ声は震えていて、これまで聞いたことのないほど切実だった。
 驚いて顔を上げると、彼の瞳は熱を帯びて私を捉えていた。

「俺は……大学の頃から、お前が好きだった」

 その一言に、世界が止まった気がした。
 信じられない。
 何度も夢に見た言葉を、彼の口から聞く日が来るなんて。

「……うそ」
「嘘じゃない。ずっと伝えたかった。でも言えなかった」

 拓也の声が、夜の静けさに溶けていく。
 私は必死に首を振った。

「だって……由梨さんと一緒にいたじゃない。大学のときも、今だって」
「違う。俺は一度も由梨を好きになったことはない。全部、噂にすぎない」
「でも、あの夜……『私じゃダメなの?』って由梨さんが……」

 言葉が詰まり、視界が滲む。
 彼の横顔が、あの時の記憶と重なり合ってしまう。

 次の瞬間、拓也の腕が私の身体を強く引き寄せた。

「紗奈……頼むから、俺の言葉を信じてくれ」

 広い胸に抱きしめられ、呼吸が乱れる。
 耳元に響く鼓動は、私のものよりも早く、激しく打ち続けていた。

「……拓也、さん……」
「もう逃がさない。お前を誰にも渡さない」

 強すぎる抱擁に、涙が零れた。
 嬉しいのか、苦しいのか、自分でも分からない。
 ただ、どうしても口にできなかった。

「……でも……怖いの。信じたいのに、信じられない」

 震える声でそう告げると、彼の腕の力がわずかに緩んだ。
 拓也の瞳に、深い痛みが宿っている。

 その視線を受け止めきれず、私はただ泣き続けるしかなかった。