数年後。
 初夏の陽光が差し込む屋敷の庭園には、色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
 玲奈は窓辺に腰をかけ、庭を走り回る小さな子どもの笑い声に耳を傾けていた。

「ほら、転ぶなよ」
 低く優しい声が響く。
 透真が子どもの後を追い、器用に抱き上げる。
 かつて「業界のプレイボーイ」と呼ばれた男の表情は、今では父親の柔らかいものに変わっていた。



「透真さん、今日は仕事は大丈夫なんですか?」
 玲奈が声をかけると、透真は子どもを肩に乗せたまま微笑んだ。

「今日は大事な発表の日だろう? お前の隣にいないわけにはいかない」

 玲奈は頬を染め、思わず笑みを浮かべる。
 数年前、契約という鎖に縛られていた自分が、今では自由に笑えている。
 それはすべて、この人が手を差し伸べてくれたからだ。



 発表会の壇上に立つ玲奈の手には、新しい香水の瓶が握られていた。
 そのラベルには「Éternité(永遠)」の文字。

「この香りは、過去の痛みも、涙も、すべてを抱きしめる香りです。
 人は誰しも不安や孤独を抱えています。けれど、それを共に分かち合う誰かがいれば……心は、必ず再生できるのです」

 拍手が湧き起こる。
 玲奈の視線の先には、客席から穏やかな眼差しで見つめる透真の姿があった。



 発表が終わり、夜風に包まれたバルコニーで二人は並んで立った。
 玲奈は小さく囁く。

「透真さん……ありがとう。私を“偽り”から救ってくれて」

 透真は彼女の手を取り、唇を寄せた。
「救ったんじゃない。……お前が自分で殻を破ったんだ。俺は隣で、それを見届けただけだ」

 玲奈の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
 それは悲しみではなく、永遠の幸福を誓う涙だった。



 月明かりに照らされた二人を包むのは――“永遠の香り”。
 それは、偽りから真実へと辿り着いた愛の証であった。