透真と玲奈が会社に駆けつけたのは、深夜を過ぎた頃だった。
　役員会議室には重苦しい空気が漂い、机の上には大量の資料が並べられている。
　役員たちの表情は硬く、誰もが沈黙していた。

「一体、何が……？」
　玲奈が小さく呟く。

　秘書が震える声で報告した。
「……ディア・グレイスの新製品の情報が、外部に漏れていたようです。その発信源に、美咲様の名前が……」



「まさか……！」
　玲奈は息を呑んだ。

　透真の表情は冷徹に見えたが、拳を握る指先が震えているのを、玲奈は見逃さなかった。

「彼女は、何を……？」

「ライバル企業に情報を流していた。……俺たちを潰すために」
　透真の声は低く、怒りを含んでいた。



　会議の後。
　透真は玲奈を人のいない廊下に連れ出した。
　その瞳は真剣で、迷いがなかった。

「玲奈……お前を巻き込みたくなかった。だからずっと遠ざけてきた」

「……透真さん」

「でも、もう隠してはいけない。俺は――お前と一緒に戦いたい」

　玲奈の胸が熱くなる。
　ずっと聞きたかった言葉。
　ずっと欲しかった“隣に立つ”という約束。



　その夜、透真と玲奈は共に資料を確認し、対応策を考えた。
　玲奈は自分でも驚くほど冷静に意見を口にしていた。
　透真もまた、その一言一言に真剣に耳を傾ける。

（私にも……できることがあるんだ）

　気づけば、二人は自然に並んで机に向かっていた。
　それは契約結婚の仮面を超え、初めて“夫婦”として協力する姿だった。



　夜明け前。
　窓から差し込む光が、二人を包んだ。

「玲奈……ありがとう」
　透真の声は穏やかで、どこか安堵を帯びていた。

「私こそ……。やっと、隣に立てた気がします」

　玲奈は微笑みながら答えた。
　その瞳には、これまでにない強さが宿っていた。



　背後の壁に掛けられた鏡に、二人の姿が映る。
　かつては「偽りの夫婦」としか映らなかったその姿が――いまは確かな絆を結ぶ二人の姿に見えた。

　愛と誤解のすべてを乗り越え、ようやく“再生”の時を迎えたのだ。