告白の夜から、玲奈の胸は落ち着くことを知らなかった。
 透真の言葉――「お前じゃなければならなかった」。
 その響きが心を温める一方で、直後に突き放された冷たい声が胸を切り裂く。

 信じたいのに信じきれない。
 寄りかかりたいのに、また拒絶されるのが怖い。
 そんな迷いが玲奈を夜毎眠れぬままにしていた。



 数日後、デパートのフレグランス部門では新作展示のリハーサルが行われていた。
 玲奈はスタッフに交じり、ディスプレイを手直ししていたが、集中できない。
 ふと背後から漂う香りに、心臓が跳ねた。

「……社長」

 振り返れば、そこに透真がいた。
 黒のスーツ姿の彼は人目を避けるように立ち、玲奈を見つめていた。

「一人で無理をするな」
 低い声。
 だが、その響きはどこか揺れていた。

「大丈夫です。私は……ちゃんとやれますから」
 玲奈は目を逸らす。

 本当は、彼に支えてほしかった。
 けれど、弱さを見せればまた突き放される気がして。



 その夜、屋敷の廊下ですれ違った瞬間、二人の肩がかすかに触れた。
 玲奈の体がわずかによろけると、透真の腕が反射的に彼女を抱きとめた。

 熱い鼓動が伝わる。
 玲奈は息を呑んだ。

「……離してください」
 小さな声で呟く。

 だが透真の腕はしばらく解かれなかった。
 その瞳は、炎のように揺れていた。

「……離したくない」

 吐き出すような声。
 玲奈の胸に熱が広がる。



 だが次の瞬間、透真は苦悩に顔を歪め、腕をほどいた。

「……これ以上は危険だ」

 その言葉は、前にも聞いた。
 玲奈の瞳に涙が滲む。

「どうして……そんなに遠ざけるんですか」

 問いかけても、透真は答えない。
 ただ、夜の廊下に立ち尽くすだけ。



 玲奈は自室に戻り、胸元に残る彼の体温を両手で押さえた。
 熱は確かにそこにあった。
 けれど、心は冷たい氷に閉ざされている。

(危険って……私と向き合うことが、そんなに怖いことなの……?)

 彼の本当の心が分からないまま、玲奈の涙は頬を伝い落ちた。

 危うい抱擁は、二人の心をさらに乱し、深い迷路へと導いていく。