「俺のプライベートに、君は関係ない」
 あの冷たい言葉が、耳の奥にずっと残っていた。

 関係ない――そう言われるたび、心は拒絶されているのに。
 なのに、彼の瞳の奥に見えたかすかな揺らぎが、どうしても忘れられなかった。



 夜、自宅のベッドに横たわりながら、私は天井を見つめていた。
 十年前の涙。
 昨日の冷たい声。
 そして、一瞬の視線の迷い。

 「どっちが本当なの……」
 唇から零れた声は、自分でも切なくなるほど震えていた。

 関わらない方がいい。
 そう言い聞かせるのに、気づけば彼を探してしまう。
 会議中も、廊下でも、同じ空間にいるだけで胸がざわめいてしまう。



 数日後。
 残業で遅くなったオフィス。
 コピー機の前で書類を整理していると、不意に背後から声がした。

 「……まだ残っていたのか」

 振り返れば、そこに彼が立っていた。
 「藤堂さん……」
 思わず声が震える。

 「もう遅い。……帰れ」
 冷たく言いながらも、差し出されたのは新品のペットボトルの水だった。

 「これ……」
 「顔色が悪い」
 視線を逸らしながら、短くそう言う。



 喉が熱くなる。
 どうして突き放すのに、こうして優しさを見せるの。
 「……優しいですね」
 自分でも皮肉に聞こえる声で言うと、彼は小さく首を振った。

 「優しくなんかない」
 低く掠れた声。
 「……これ以上、君を巻き込みたくないだけだ」

 「巻き込む?」
 問い返すと、彼は何も答えず、背を向けた。



 残された私は、ペットボトルを強く握りしめる。
 ――やっぱり彼は私を拒んでいる。
 でも、拒まれるたびに、もっと彼を知りたくなってしまう。

 「どうして、こんなに……」
 揺れる心を抑えきれず、涙が滲んだ。

 十年前の傷が、まだ癒えないまま。
 それでも、私は彼に惹かれてしまう。
 ――もう、止められない。