数日後。
 出社すると、彼女と藤堂部長が並んで資料を確認していた。
 二人の距離はわずかだったが、その空気ははっきりと違っていた。

 彼女の横顔が穏やかで、迷いがなくなっている。
 ――もう、届かないんだな。
 そう痛感した。



 夜、バーのカウンターに一人座り、グラスを傾ける。
 琥珀色の液体に揺れる光を眺めながら、ふと呟く。

 「どうしてあんなにも、君を好きになってしまったんだろうな」

 静かな店内に、自嘲気味の声が溶けていく。
 返事をしてくれる人はいない。



 彼女が泣いたとき、笑えなくなったとき、必ず駆けつけて支えたかった。
 その気持ちは嘘じゃない。
 でも、彼女の心を掴んでいたのは、十年前からずっと藤堂部長だった。

 俺は過去に勝てなかった。
 けれど――未来まで諦めるつもりはなかった。



 ある日、同僚に誘われて出席した食事会で、明るく笑う女性と出会った。
 彼女は少し不器用で、でも真っ直ぐな瞳をしていた。
 「佐伯さんって、誰かをすごく大事にしてきた人ですよね」
 不意にそう言われ、胸が揺れた。

 ――わかる人には、わかるのかもしれない。



 帰り道、夜空を見上げる。
 遠くに輝く星が、彼女の笑顔を思い出させる。

 「紗良……君が幸せなら、それでいい」
 小さく呟くと、不思議と心が軽くなった。

 彼女を失った痛みは、簡単に癒えない。
 でも、俺の人生はここで終わりじゃない。



 もし、彼女がまた泣く日が来たら――。
 そのときは迷わず駆けつけるだろう。
 たとえ彼女の隣に立てなくても、俺はずっと、味方でいたいから。

 それが、俺にできる最後の「愛し方」だった。