その日、遅くまで残業していた私は、会議室から出た瞬間、二つの視線に同時に捕らえられた。
 片方は、いつも優しく私を支えてくれる佐伯。
 もう片方は、十年前からずっと心を縛り続ける蓮。

 ――避けられない。
 空気が張り詰め、胸が高鳴った。



 「西園寺さん、帰ろう」
 佐伯が声をかけてくれる。
 差し出された手は、あまりにも温かそうで、涙が出そうになる。

 だが、その手を取る前に蓮が口を開いた。
 「……彼女を送るのは、俺だ」
 低く強い声。
 その言葉に空気が震えた。



 「部長、それは……」
 私が慌てて声を出そうとするより早く、佐伯が前に立つ。
 「部長。彼女を突き放したのは、あなたじゃないですか」

 その真っ直ぐな眼差しに、蓮の瞳が鋭く光った。

 「俺は……彼女を守れなかった。それが罪だ」
 「違います。守れなかったんじゃない。言葉を尽くさなかっただけです」
 佐伯の声は静かだが、揺るぎなかった。



 「俺は、彼女を泣かせたくない。……それだけです」
 佐伯が私を見つめて言う。
 その視線は、どこまでも誠実で、心に沁みた。

 「……お前に何がわかる」
 蓮の低い声が響く。
 「俺は、十年前から――」
 言葉を切った蓮の拳が震えている。

 「……彼女を想い続けてきたんだ」



 その一言で、心臓が大きく跳ねた。
 ――想い続けていた。

 佐伯は一瞬驚いたように目を見開き、そして苦しげに笑った。
 「……やっと言えたんですね」



 二人の想いが、私の目の前で交錯する。
 十年越しの不器用な愛と、今そばで支えてくれる優しさ。
 どちらも本物だからこそ、胸が裂けるほど苦しかった。

 「……やめてください」
 震える声で二人の間に割って入る。
 「私は……私の気持ちを、ちゃんと選びます」

 涙で滲む視界の中で、二人の瞳が私を見つめていた。



 ――交錯する想い。
 ここから逃げずに、答えを出さなければならない。