会議が終わったあと、廊下で蓮の背中を見つけた。
 もう何度も、その背を追ってきた。
 けれどいつも届かず、置き去りにされるばかりだった。

 「……部長」
 呼びかける声は震えていた。

 彼は足を止めたが、振り返らない。
 それでも、私は勇気を振り絞った。



 「どうして……どうして、私を突き放すんですか」
 押し殺していた感情が一気にあふれ出す。
 「私は、あなたに守られたいんじゃない。
 ただ――信じてほしかったんです」

 涙が頬を伝い、言葉が滲む。

 「十年前から、ずっと……あなたが好きだった。
 今も、ずっと……あなたしか見えないのに」



 蓮がゆっくりと振り返る。
 その瞳は苦しげに揺れていた。

 「……俺は、君を幸せにできない」
 「そんなの、私が決めます!」
 声が裏返る。
 「もう一度傷ついても構わない。……それでも、あなたじゃなきゃ駄目なんです」



 沈黙のあと、彼の手が僅かに震えながら伸びかけて――けれど止まった。

 「……俺には資格がない」
 また、その言葉。

 「いい加減にしてください!」
 堰を切ったように涙が溢れた。
 「資格がない、なんて言葉で全部終わらせないでください……!
 私は、ただあなたに愛されたいだけなんです!」



 その必死の告白に、蓮の表情が大きく揺らいだ。
 「……紗良」
 初めて名前を呼ぶ声が、切なく震えていた。

 その一言だけで、胸が張り裂けそうになる。
 彼の瞳に確かに宿った想い。
 それを感じ取った瞬間、涙は止められなかった。



 ――涙の告白。
 十年越しの想いは、ようやく彼に届きはじめていた。