「……俺には、やはり資格がない」

 蓮の言葉は、冷たい刃のように胸に突き刺さった。
 何度も繰り返されるその一言に、もう反論する力さえ残っていなかった。

 「どうして……」
 掠れた声が零れる。
 「どうして、信じてくれないんですか……」

 答えは返ってこない。
 沈黙が、残酷なほど重たかった。



 その夜。
 帰り道の交差点で、私は歩道に立ち尽くしていた。
 街灯の下、足が震えて一歩も進めない。

 十年前。
 泣きながら彼を見送ったあの日と同じ――置き去りにされる痛みが、全身を支配していた。

 「もう、耐えられない……」
 小さな呟きが夜に溶けた。



 そんな私の肩に、傘がそっと差し出された。
 「探したよ」
 佐伯の声だった。

 振り向くと、彼の瞳は真剣そのもの。
 「泣いてる君を見るのは、もう限界なんだ」

 堪えていた涙が一気に溢れた。
 「佐伯さん……私、もう……どうしていいかわからないんです」



 彼は一歩近づき、震える私を抱き寄せた。
 「わからなくていい。今はただ、俺に甘えればいい」
 温かな声と腕の中。
 その優しさが、崩れかけた心を必死で繋ぎとめる。

 けれど――。
 その瞬間にも心の奥には、蓮の姿が焼きついたままだった。



 翌朝。
 鏡に映る自分は、どこか別人のように虚ろだった。
 「もう、信じるのをやめた方が楽かもしれない」
 そんな思いが頭をよぎる。

 ――けれど、心は彼を求めてしまう。

 矛盾に押し潰されそうになりながら、私は静かに目を伏せた。



 こうして、蓮の冷たい拒絶と元婚約者の挑発に追い詰められた私は――ついに心を折ってしまった。