会議室を出たあとも、蓮の言葉が耳から離れなかった。
 「……支えが必要なほど、俺は無力ってことか」

 違う。
 そんなふうに思ってほしくない。
 でも、どう言葉を尽くしても、彼の心には届かない気がした。



 その夜。
 残業を終えたオフィスで、私はコピー機の前に立ち尽くしていた。
 そこへ現れたのは、蓮だった。

 「……まだ残っていたのか」
 冷たい声。
 けれどその瞳には、明らかな苛立ちが宿っていた。



 「部長……」
 勇気を振り絞って口を開く。
 「どうして、あんな言い方をするんですか。
 私はただ、仕事を――」

 「仕事?」
 彼は低く笑った。
 「本当にそうか? 佐伯と一緒にいる姿ばかりが目につく」

 「それは……私が弱いからです」
 涙が滲む。
 「あなたが突き放すから、私は……」



 「突き放す?」
 彼の声が強くなった。
 「俺は、お前を守れない。……だから距離を取っているんだ」

 「守れないなんて言葉、もう聞きたくありません!」
 感情があふれ、叫んでいた。
 「十年前も今も、何も言わずに背を向けて……そんなの、守ることじゃない!」

 胸が痛み、涙が止まらなかった。



 蓮は拳を握りしめ、苦しげに目を伏せた。
 「……俺は、お前を傷つけてばかりだ」
 「違います! 私は、あなたに信じてほしいだけなんです」

 必死に伸ばした言葉は、虚空に消えていく。
 彼は答えを返さず、ただ沈黙を選んだ。



 涙で滲む視界の中で、彼の背中が遠ざかっていく。
 その背を追いたいのに、足は動かなかった。

 ――涙の衝突。
 ぶつけ合った心は、さらに深い溝を刻んでしまった。