会議室の長机に並べられた資料の文字が、まったく頭に入ってこなかった。
 スライドの数字を追うふりをしながら、意識はどうしても隣に座る彼へと引き寄せられてしまう。

 藤堂蓮。
 部長として、冷静にプレゼンを進める声は落ち着いていて、聞く者を惹きつける。
 それなのに――私は必死に、視線を逸らし続けていた。



 「西園寺さん、この部分を補足して」
 突然名前を呼ばれ、胸が跳ねた。

 「は、はいっ……!」
 慌てて資料をめくり、説明を続ける。
 声が震えていないか不安だったが、彼は表情を変えずに聞いていた。

 ただ、その横顔の瞳が一瞬、私を射抜いた気がした。
 冷たいはずの眼差しに、どこか揺らぎがあるように見えて――心臓が乱れる。



 会議が終わり、他の社員たちがぞろぞろと退室していく。
 私は資料をまとめながら、深呼吸した。
 すると、視線を感じた。

 振り返ると、部屋の出口で彼が立ち止まっていた。
 じっと、こちらを見ている。
 冷たい瞳の奥に、言葉にならない何かが揺れていた。

 「……」
 声をかけようと唇を開いた瞬間、彼はすぐに視線を逸らし、無言で部屋を出ていった。



 胸が熱くなる。
 ――見ていた。確かに、私を。

 「どうして……」
 小さく呟く声は、誰にも届かない。

 十年前、別れを告げたあのときも、彼の瞳は揺れていた。
 あの時と同じ不安定な光が、また私の心をざわつかせる。



 視線だけで、心が乱される。
 冷たい拒絶と、温かな揺らぎ。
 どちらが彼の本音なのか、わからない。

 ――知りたい。
 でも、怖い。
 もう一度確かめてしまえば、きっと私は、彼から離れられなくなる。

 雨の夜に始まった再会は、仕事の現場ですでに「視線」という名の罠を仕掛けてきていた。