蓮の嫉妬を滲ませた言葉が、まだ胸の奥でくすぶっていた。
 「佐伯といるとき、お前はよく笑うな」
 その声を思い出すたび、心臓が痛む。

 ――私の笑顔は、蓮には届かないのだろうか。



 翌日のオフィス。
 資料室で段ボールを持ち上げようとしたとき、背後から声がかかった。

 「危ない」
 強い腕が私を支える。
 振り返ると、佐伯が真剣な眼差しで見つめていた。

 「無理して一人で抱え込むなよ。君は、もっと頼っていいんだ」



 その声に、胸が揺れる。
 頼れる優しさ。
 けれど、その温もりにすがってはいけないとわかっているのに――。

 「佐伯さん……私……」
 何かを言いかけたとき、彼が静かに口を開いた。

 「俺は、君が誰を想ってるのか知ってる」
 瞳はまっすぐで、嘘ひとつなかった。



 「藤堂部長なんだろ」
 その名を口にされた瞬間、体が強張った。

 「……でも、それでもいい。
 君が誰を好きでも、俺は君を諦めない」

 驚きに言葉を失う私に、彼はさらに続けた。

 「俺は、君が泣いているのを見たくない。
 笑っていてほしい。それが俺の願いだ」



 心臓が強く鳴る。
 彼の言葉は、優しいだけじゃない。
 確かな熱を帯びていた。

 「佐伯さん……」
 震える声が零れる。

 「答えはいらない。
 でも、覚えていてほしい。俺は本気で君を愛してる」

 その告白が胸に深く突き刺さった。



 資料室を出るとき、膝が震えていた。
 ――佐伯の告白。
 その言葉に揺れながらも、心の奥に浮かぶのは蓮の不器用な瞳ばかり。

 私の心は、ますます迷宮に迷い込んでいた。