翌朝のオフィス。
 フロアに入った瞬間、視線が一斉に集まった。
 その空気で、すぐにわかった。
 ――昨夜のことが、もう広まっている。



 「ねえ聞いた? 西園寺さん、佐伯さんとディナーしてたんだって」
 「やっぱりね。最近仲良さそうだったし」
 「でもさ、藤堂部長はどう思ってるんだろう」

 囁き声が背中に突き刺さる。
 机に向かっても、手が震えて文字が滲んで見えた。



 昼休み。
 給湯室に行くと、先輩たちが笑いながら話しているのが耳に入った。

 「結局、西園寺さんって誰にでも甘えて生きてる感じよね」
 「そうそう。部長に拾われたと思ったら、次は佐伯くん? したたかだわ」

 声をかける勇気はなく、ただ足早にその場を離れた。
 胸がぎゅっと締めつけられる。



 午後の会議。
 佐伯が隣に座り、さりげなく資料を差し出してくれた。
 「大丈夫?」
 小さな声が心を支える。

 けれどその瞬間、正面に座る蓮の視線とぶつかった。
 冷ややかに見えるその瞳に、わずかな苛立ちが滲んでいた。

 ――見ていた。
 彼は、私と佐伯の距離を。



 会議後。
 廊下で一人歩いていると、背後から呼び止められた。

 「西園寺」
 振り返ると蓮が立っていた。
 「……あの噂は本当か」

 突然の問いに、息が詰まった。
 「……噂なんて、ただの――」
 言いかけた瞬間、彼の表情に苦い影が落ちた。

 「もういい」
 それだけ告げて、背を向けて歩き去ってしまった。



 その背中を見つめながら、涙が零れそうになった。
 信じたいのに、信じてもらえない。
 佐伯の優しさに支えられるほど、蓮との距離はますます遠のいていく。

 ――同僚たちの噂は、二人の関係にさらに深い溝を刻んでいた。