雨の再会から始まった日々。
 十年前に失った初恋が、再び目の前で動き出している――そう思えたのに。
 元婚約者の出現と、社内に広がる噂のせいで、私の心は再び揺らぎ始めていた。



 「西園寺さん、知ってる?」
 廊下ですれ違った同僚の囁きが耳に刺さる。
 「藤堂部長、またあの人と一緒にいたんだって」
 「やっぱり、本命は彼女なんじゃない?」

 笑い声が背中に追いかけてくる。
 私は振り返ることもできず、足を速めるしかなかった。



 打ち合わせの帰り道。
 蓮と歩く距離は、わずか数歩。
 けれど、その数歩があまりにも遠く感じられる。

 「……部長」
 思わず呼びかける。
 彼は振り返りもせずに答えた。
 「何だ」

 冷たい声。
 でも、ほんの一瞬だけ、横顔が苦しげに歪んで見えた。



 「私は……あなたを信じてもいいんでしょうか」
 勇気を振り絞った問い。

 蓮の足が止まった。
 沈黙。
 そして小さく漏れた声。
 「……俺は、信じられるに値しない男だ」

 その言葉に、胸が大きく揺れた。



 夜。
 デスクに突っ伏していると、そっと肩を叩かれた。
 「西園寺さん、もう帰ろう」
 顔を上げると、佐伯が優しく笑っていた。

 「頑張ってるのは知ってる。でも、君ばかりが傷つくのは違う」
 温かい声と、差し出された手。
 「俺なら、絶対に君を泣かせたりしない」

 その言葉は甘く、そして苦しかった。
 優しさにすがりたい気持ちと、蓮を忘れられない想いが交錯する。



 帰り道。
 夜風に揺れる街灯の下で、私は立ち止まった。
 「信じたいのに……信じられない」
 掠れた声が夜に消えていく。

 蓮を信じる心。
 影に揺さぶられる心。
 そして、傍らにいる佐伯の優しさ。

 ――私の信頼は、いま大きく揺れていた。