噂に取り囲まれ、孤立が決定的になった日々。
 どれだけ笑顔を作ろうとしても、同僚たちの視線は冷たく、囁きは消えなかった。
 ――私は、ここに居場所をなくしてしまったんだ。

 けれど、それ以上に苦しかったのは。
 その状況を知りながらも、藤堂部長――蓮が何も言わず、ただ背を向けてしまうことだった。



 「もう、耐えられない……」
 夜のオフィス。
 残業で残ったフロアに、彼と二人きりになった瞬間、心の奥に押し込めていたものが溢れ出した。

 「部長」
 思わず声をかけると、彼は資料から顔を上げ、静かな瞳をこちらに向けた。

 「何だ」
 いつもの冷たい声。
 けれど、その響きに胸が震える。



 「どうして……どうして何も言ってくれないんですか」
 抑えきれず、声が震えた。
 「噂が広がって、私がどんな目で見られているか……わかってるくせに」

 彼の瞳が揺れる。
 けれど、答えはすぐには返ってこなかった。

 「部長は、いつも突き放すばかりで……でも、ときどき優しい。
 そんなふうにされたら……私、もう抑えられないんです」

 涙が頬を伝い落ちた。



 「十年前だって……何も言わずに私を置いていった。
 また同じように背を向けるんですか」
 声が嗚咽に変わる。

 蓮は眉を寄せ、苦しげに目を伏せた。
 「……西園寺」
 低い声で名前を呼ぶ。
 その響きだけで胸が痛むのに、次の言葉が続かない。

 沈黙の中で、私は震える声を絞り出した。

 「……まだ、好きなんです」



 その一言で、空気が凍りついた。
 彼の目が大きく見開かれる。
 驚きと、深い苦しみが混じった表情。

 「……言うな」
 掠れた声で遮られた。
 「俺には、その言葉を受け取る資格がない」

 「資格なんて……そんなの関係ありません!」
 叫んだ瞬間、自分でも制御できないほど涙が溢れ出した。



 彼は机の端に手を置き、苦しげに顔を歪める。
 「……これ以上、俺を追い詰めるな」
 その声は、拒絶よりも懇願に近かった。

 私は一歩、彼に近づいた。
 「追い詰めているのは……部長じゃなくて、私の心です。
 どうしても、あなたを――忘れられない」

 沈黙。
 雨音だけが、窓の外で響いていた。



 互いに言葉を失ったまま見つめ合う。
 その瞳の奥に隠された想いを、掴み取れそうで掴めない。

 ――抑えきれない想いは、もう止められなかった。