「……どうして、こんなに苦しいの」
 ついさっきまでのやり取りが、頭の中で何度も繰り返される。
 避けたいわけじゃない。
 本当は、誰よりも近くにいたい。

 けれど、それを口にした瞬間、きっと壊れてしまう。
 そんな恐怖が、喉を塞いでしまう。



 夜。
 部屋の灯りを落とし、ベッドの上で膝を抱えた。
 静まり返った部屋に、自分の心臓の音だけが響く。

 外では、雨がまた降り始めていた。
 十年前のあの日と同じ雨音。
 胸の奥がきゅっと痛む。

 「……蓮」
 名前を呼んだ瞬間、涙がこぼれた。



 ――高校時代。
 放課後の図書室。
 誰もいない静かな空間で、彼と二人きりになったことがあった。

 「いつも勉強、頑張ってるよな」
 不器用に笑った彼の声を、今も鮮明に覚えている。

 そのとき、不意に触れた指先。
 近づいた距離。
 そして――。

 頬に触れる、ぎこちない唇の温もり。



 それが、私たちの最初で最後のキスだった。
 まだ恋の意味も知らないような年齢で、ただ必死に想いをぶつけ合った。
 その一瞬が、私の初恋のすべてだった。

 けれど、その後すぐに別れは訪れた。
 「もう会えない」――そう告げた彼の言葉が、十年間も私を縛り続けてきた。



 枕に顔を押し付け、声を殺して泣いた。
 「どうしてあのとき、理由を聞けなかったんだろう」
 「どうして今も、答えをもらえないんだろう」

 彼を憎みたかったのに、思い出すのは温もりばかり。
 たった一度のキスが、今も胸を焦がし続けている。



 気づけば夜は更け、窓の外はしとしとと雨に濡れていた。
 眠れぬまま迎える夜明け。
 鏡に映った自分の瞳は、また赤く腫れていた。

 ――孤独な夜は、いつだって彼の記憶を呼び戻す。
 そして、忘れられない想いをさらに強くする。