「……関係ないだろ」
 あの冷たい一言が、耳の奥で何度も反響していた。

 噂に追い詰められた一日。
 誰かに見られるたび、心臓がざわつき、背中に突き刺さる視線が痛かった。
 藤堂部長――蓮の言葉は、私を守るどころか突き放した。



 夜。
 ひとりきりの部屋で、膝を抱え込む。
 窓の外には雨が降り続き、十年前と同じ音が胸に響いた。

 「……どうして」
 小さく呟いた声は震えていた。
 「どうしてまだ、あなたのことを想ってるの」

 十年前に終わったはずの初恋。
 冷たく拒絶されても、噂で心を引き裂かれても――。
 それでも、胸の奥は彼の名前でいっぱいだった。



 「忘れたいのに……忘れられない」
 声を押し殺しながら涙が溢れる。
 「もう一度近づいたら、また傷つくってわかってるのに……」

 噂が真実かどうかなんて、どうでもいい。
 ただ、彼の視線に映っていたい。
 ただ、彼の声を聞きたい。

 「私じゃなくてもいいなら……どうしてこんなに苦しいの……」



 頬を伝う涙は止まらない。
 心の中に閉じ込めてきた想いが、溢れ出していく。
 ――誰にも届かない独白。

 「蓮……まだ、好きなの」

 その一言を口にした瞬間、胸の奥にしまっていた蓋が壊れた。
 嗚咽が部屋に響き、抑えていた感情がすべて流れ出す。



 「嫌いになれたらよかったのに……」
 「あなたを忘れられたら、楽になれるのに……」

 けれど、もう遅い。
 十年前から続いている初恋は、拒絶されても噂に晒されても、終わってなどいなかった。

 涙で滲む視界の中、私は小さく誓った。
 ――もう逃げない。
 この想いからも、この痛みからも。



 翌朝、鏡に映る自分の顔は、泣き腫らして赤くなっていた。
 それでも、心の奥は少しだけ澄んでいた。
 独白によって、ようやく自分の気持ちを認めることができたから。

 そして私は知っていた。
 これが終わりではなく、さらに新しい試練の始まりだということを。

 ――次に訪れるのは、彼の「不意の優しさ」。