金曜の午前十時、会議室Aには社内外の関係者が集まっていた。
今日は新キャンペーンの初回提案日。クライアントの本部長も同席するため、緊張感がフロア全体に漂っている。
私はプロジェクターの接続を確認し、最後の資料を画面に映した。
プレゼンの進行役は神宮寺。私はサポートとして補足やデモの操作を担う。
——完璧にこなす。それだけを考えていた。
「それでは、本日のご提案について——」
神宮寺の低く落ち着いた声が会議室に響く。
資料の一枚目、二枚目と順調に進む。私はタイミングを合わせてスライドを切り替えていく。
ところが、三枚目に差し掛かった瞬間、画面が固まった。
「……あれ?」
手元のクリックに反応がない。再度試すが、スライドが動かない。
神宮寺が一瞬だけ私を見た。その視線に、冷たい緊張が走る。
「切り替えられますか」
「……はい、少々お待ちください」
焦りで指がうまく動かない。後ろから奏多が素早く駆け寄り、ケーブルを差し直した。
「これでいけるはずだ」
ようやく画面が動き出したが、空気には微かなざわめきが残った。
その後は滞りなく進んだものの、私の胸の鼓動は最後まで落ち着かなかった。
プレゼン終了後、会議室を出た瞬間、神宮寺の声が背中に刺さる。
「事前確認はしたはずだ」
「しました……でも」
「“でも”は要らない。こういう場での不備は信用を失う」
言葉は正しい。それでも、声の温度がいつもより鋭くて、胸が痛む。
奏多が間に入るように言った。
「今回のトラブルは機器側の問題かもしれません」
「原因が何であれ、結果は変わらない」
神宮寺は短くそう告げ、資料を抱えて去っていった。
その背中を見送りながら、私は悔しさと情けなさで唇を噛んだ。
——やっぱり、私なんてただの仕事相手。代わりはいくらでもいる。
午後、フロアに戻ると、神宮寺は片瀬さんとクライアントへのフォロー連絡をしていた。
笑顔はないが、声は落ち着いている。その冷静さが逆に遠く感じる。
「大丈夫か」
奏多がコーヒーを差し出してくれる。
「……うん」
「無理すんな。お前、最近ずっと神宮寺さんと距離あっただろ。あれで余計ギクシャクしてる」
図星を刺されて、言葉が出なかった。
夕方、メールが届いた。
《明朝、資料再確認。香山さん、8:30に会議室Bへ》
簡潔な文面。でも、それは私をまだ必要としているという証拠にも見えた。
期待してはいけない。そう思いながらも、胸の奥に小さな熱が生まれるのを止められなかった。

