あの日、美桜から連絡をもらったのは、日がすっかり落ちた頃だった。
 声の調子でわかった。
 ——答えを、出したんだな。

 聞かなくても、結果は想像できた。
 俺の中で、ほんの少しだけ期待という名の糸が残っていたのも事実だ。
 けれど、その糸は彼女の声を聞いた瞬間、音もなく切れた。

「……幸せになれよ」
 そう言って電話を切った。
 沈黙が続くより、あの一言で区切るほうが、美桜にとっても俺にとっても楽だと思った。
 でも、本当はもっと言いたいことが山ほどあった。



 初めて美桜を意識したのは、高校二年の冬だった。
 雪の降る放課後、駅までの道を一緒に歩いたとき、何気なく手を差し出したら、
 彼女は「ありがとう」と笑って俺の手を取った。
 その笑顔が、雪よりも白くて、胸の奥に静かに積もった。

 でも、あの頃からすでに、彼女の視線はときどき誰かを探していた。
 その“誰か”が神宮寺だと気づいたのは、卒業間際だった。
 遠くから見ていても、わかるものだ。
 好きな人を見るとき、人は無意識に表情がやわらぐ。



 社会人になってから偶然同じ会社に入ったときは、少しだけ運命を感じた。
 だけど、それは“チャンス”じゃなく、“試練”だったのかもしれない。
 彼女は仕事の中で神宮寺と再会し、距離を縮めていった。
 俺は隣で笑わせる役を務めながら、その背中を見守るしかなかった。

 ——待つって決めたのは、俺だ。
 彼女が振り向くその日まで、笑っていようと思った。
 けれど、振り向いたとき、そこに俺はいなかった。



 今、改札前で彼女と神宮寺が並んでいるのを遠くから見ている。
 肩が自然に触れ合って、二人の間には言葉じゃない何かが流れている。
 その空気に割り込む気はない。
 俺が好きになったのは、こういうふうに笑う美桜だから。

 青い封筒が彼女のバッグの中に見えた。
 あれが、二人を繋いだものなんだろう。
 俺はその意味を、聞かないままでいい。

 電車がホームに滑り込み、彼女が振り返った。
 俺の姿に気づいて、小さく手を振る。
 その笑顔は、七年前の雪の日と同じくらいまぶしかった。

 ——さよならは言わない。
 ただ、「またな」と心の中で呟いた。
 俺の物語は、ここからまた別の道を歩き出す。