週明けの月曜、オフィスの空気は妙に落ち着かないざわめきを含んでいた。
 週末に会うはずだった神宮寺が来られなかったこと、その直後に奏多と過ごした時間——二つの出来事が胸の中で絡み合い、私の呼吸を浅くする。

 午前中の会議で、神宮寺はいつも通りの冷静さで指示を出していた。
 けれど、ふと視線が合うたび、七年前の封筒や出張での会話が蘇る。
 何もなかったように振る舞うことが、こんなにも難しいとは思わなかった。



 昼休み、給湯室でコーヒーを淹れていると、背後から低い声がした。
「……土曜、悪かった」
 振り返ると、神宮寺が立っていた。
「仕事ですから、仕方ないですよ」
「それでも、約束を破った」
 短く、けれど真剣な響きだった。
「今週末、改めて時間をくれ」
 頷く私の耳に、彼の息がわずかに触れたような気がした。



 午後、奏多が私のデスクにやってきた。
「今日の夜、少し時間もらえる?」
「……いいけど」
 仕事終わり、駅近くのカフェに入ると、彼はコーヒーを前に両手を組んだ。
「この前の話、覚えてるよな。……待てるって言ったけど、やっぱり答えは聞きたい」
 真剣な瞳に、視線を逸らせなかった。
「奏多……」
「神宮寺さんと何があったかは聞かない。けど、俺はずっとお前を見てきた」
 その言葉は重く、温かかった。



 翌日、プロジェクトの打ち合わせで三人が同じ会議室に揃った。
 神宮寺と奏多、そして私。
 業務のやり取りはスムーズだったが、視線の交差にわずかな緊張が走る。
 終了後、神宮寺が静かに言った。
「香山、少し残ってくれ」
 奏多が一瞬だけ私を見たが、何も言わずに出て行った。

 会議室に二人きりになると、神宮寺は封筒を机に置いた。
「これ、返すよ」
 七年前の私の封筒だった。
「もう返事は、聞いた。……でも改めて、俺からも言う。好きだ」
 真っ直ぐな言葉に、心臓が熱を帯びる。
「俺は、もう待たない。君の答えが欲しい」



 夜、自宅の机に座り、二つの封筒を並べた。
 一つは、神宮寺から返された封筒。
 もう一つは、奏多が誕生日にくれた手紙。
 どちらにも、嘘のない気持ちが詰まっている。
 けれど、同時に二人の手は取れない。

 雨の音が窓を叩く中、私は深く息を吸った。
 ——次の週末、答えを出そう。
 そう決めた瞬間、胸の奥にあった迷いが少しだけ軽くなった。