出張初日、東京駅の新幹線ホームは朝の混雑でざわついていた。
神宮寺と並んで歩くのは仕事の一環だと自分に言い聞かせながらも、七年前にはなかった距離の近さを意識せずにはいられなかった。
彼は黒のスーツケースを片手に、手際よく改札を通る。私はその背中を追いながら、左手に出張用の小型キャリーバッグを握りしめた。
「移動中に資料を確認したい。パソコン、出せるか?」
「はい」
車内に座ると、窓際の席から朝の光が斜めに差し込み、神宮寺の横顔を照らした。
パソコンの画面に映るグラフを指し示しながら、彼の低い声が近くに響く。その声に混じって、ホームで奏多が言った言葉が頭をよぎった。——まだ諦めてないから。
その温度が胸の奥に残ったまま、私は頷きと返事を繰り返した。
現地に着くと、クライアント企業の支社ビルは想像以上に大きく、エントランスには出張対応のスタッフが待っていた。
会議は午後から始まり、神宮寺は堂々と提案を進め、私はデータや事例を補足した。
その連携は驚くほどスムーズで、会議後、クライアントから「息が合ってますね」と笑われる。
神宮寺は軽く肩をすくめただけだったが、横で私は頬が熱くなるのを感じた。
初日の業務を終え、ホテルに戻る。
部屋のカードキーを受け取ると、偶然にも神宮寺の部屋は私の隣だった。
「何かあればすぐ呼べ」
「……はい」
短い会話の中に、仕事以上の温度を探そうとする自分がいた。けれど、それを表に出す勇気はない。
夜、ロビー横のラウンジで食事をとることになった。
静かな空間で向かい合い、グラスの水滴がテーブルに丸い跡を作る。
「今日の会議、助かった」
「いえ……神宮寺さんの進行があったからです」
そう言うと、彼はわずかに笑みを見せた。
「名前で呼んでいい。……“くん”でも“さん”でもなく」
その提案に、心臓が一瞬止まった気がした。
「……遥斗」
小さな声で呼ぶと、彼の視線が真っすぐにぶつかる。
「それでいい」
二日目は早朝から現地視察が続き、資料の修正や写真撮影で忙しかった。
移動の車内、彼がふと携帯を取り出し、メッセージを確認しているのが見えた。
画面に映った名前は「片瀬」。
おそらく業務連絡だとわかっていても、胸の奥に小さな棘が刺さる。
その瞬間、窓に映る自分の顔がわずかに曇った。
昼食時、クライアントとの席で彼は終始冷静に話を進めていたが、ふとした拍子に私のグラスに水を注いでくれた。
そんな些細な仕草が、心の温度を少しずつ上げていく。
三日目、出張の最終日は午前中にまとめの打ち合わせを行い、午後の新幹線で東京へ戻る予定だった。
駅に向かうタクシーの中で、彼がふと口を開いた。
「この三日間で、ようやく七年前の続きを話せた気がする」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「……私もです」
目を合わせると、彼はわずかに笑った。
「帰ったら、ちゃんとした形で——」
その先を聞く前に、彼の携帯が鳴った。
画面の名前は、また「片瀬」。
彼は短く「すぐ掛け直す」と答えたが、私の中でさっきまでの温度が少し揺らぐ。
東京駅に着くと、改札口で奏多が待っていた。
「おかえり」
「……どうしてここに」
「千草先輩に聞いた。迎えに来ても悪くないだろ」
自然な笑顔が、出張中に積み上げた距離感を微妙に揺らす。
神宮寺は少しだけ目を細め、何も言わずに別方向の改札へ向かった。
その背中と、隣で歩く奏多の横顔。
どちらにも嘘のない感情があって、私はどちらに手を伸ばせばいいのか、まだ決められなかった。
神宮寺と並んで歩くのは仕事の一環だと自分に言い聞かせながらも、七年前にはなかった距離の近さを意識せずにはいられなかった。
彼は黒のスーツケースを片手に、手際よく改札を通る。私はその背中を追いながら、左手に出張用の小型キャリーバッグを握りしめた。
「移動中に資料を確認したい。パソコン、出せるか?」
「はい」
車内に座ると、窓際の席から朝の光が斜めに差し込み、神宮寺の横顔を照らした。
パソコンの画面に映るグラフを指し示しながら、彼の低い声が近くに響く。その声に混じって、ホームで奏多が言った言葉が頭をよぎった。——まだ諦めてないから。
その温度が胸の奥に残ったまま、私は頷きと返事を繰り返した。
現地に着くと、クライアント企業の支社ビルは想像以上に大きく、エントランスには出張対応のスタッフが待っていた。
会議は午後から始まり、神宮寺は堂々と提案を進め、私はデータや事例を補足した。
その連携は驚くほどスムーズで、会議後、クライアントから「息が合ってますね」と笑われる。
神宮寺は軽く肩をすくめただけだったが、横で私は頬が熱くなるのを感じた。
初日の業務を終え、ホテルに戻る。
部屋のカードキーを受け取ると、偶然にも神宮寺の部屋は私の隣だった。
「何かあればすぐ呼べ」
「……はい」
短い会話の中に、仕事以上の温度を探そうとする自分がいた。けれど、それを表に出す勇気はない。
夜、ロビー横のラウンジで食事をとることになった。
静かな空間で向かい合い、グラスの水滴がテーブルに丸い跡を作る。
「今日の会議、助かった」
「いえ……神宮寺さんの進行があったからです」
そう言うと、彼はわずかに笑みを見せた。
「名前で呼んでいい。……“くん”でも“さん”でもなく」
その提案に、心臓が一瞬止まった気がした。
「……遥斗」
小さな声で呼ぶと、彼の視線が真っすぐにぶつかる。
「それでいい」
二日目は早朝から現地視察が続き、資料の修正や写真撮影で忙しかった。
移動の車内、彼がふと携帯を取り出し、メッセージを確認しているのが見えた。
画面に映った名前は「片瀬」。
おそらく業務連絡だとわかっていても、胸の奥に小さな棘が刺さる。
その瞬間、窓に映る自分の顔がわずかに曇った。
昼食時、クライアントとの席で彼は終始冷静に話を進めていたが、ふとした拍子に私のグラスに水を注いでくれた。
そんな些細な仕草が、心の温度を少しずつ上げていく。
三日目、出張の最終日は午前中にまとめの打ち合わせを行い、午後の新幹線で東京へ戻る予定だった。
駅に向かうタクシーの中で、彼がふと口を開いた。
「この三日間で、ようやく七年前の続きを話せた気がする」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「……私もです」
目を合わせると、彼はわずかに笑った。
「帰ったら、ちゃんとした形で——」
その先を聞く前に、彼の携帯が鳴った。
画面の名前は、また「片瀬」。
彼は短く「すぐ掛け直す」と答えたが、私の中でさっきまでの温度が少し揺らぐ。
東京駅に着くと、改札口で奏多が待っていた。
「おかえり」
「……どうしてここに」
「千草先輩に聞いた。迎えに来ても悪くないだろ」
自然な笑顔が、出張中に積み上げた距離感を微妙に揺らす。
神宮寺は少しだけ目を細め、何も言わずに別方向の改札へ向かった。
その背中と、隣で歩く奏多の横顔。
どちらにも嘘のない感情があって、私はどちらに手を伸ばせばいいのか、まだ決められなかった。

