あの夜から、胸の奥のざわめきは消えなかった。
 パーティーの終わり際、無言で視線を交わしたあの瞬間――
 司の瞳に、ほんの一瞬、感情の色が差したように見えた。
 だが、それが何だったのかはわからない。

 数日後、葵から連絡が入った。

『篠宮グループがスポンサーしてるイベント、今度取材に行くんだけど、一緒に来ない? 神谷さんも来るって』

 あの人と会う可能性が高い。
 やめておくべきだ――理性はそう告げたが、気付けば承諾のメッセージを送っていた。

 

 イベント会場は、都心の大型展示ホール。
 入口から伸びるレッドカーペット、煌めくフラッシュ、華やかな音楽。
 大手企業やブランドのブースが並び、メディア関係者や著名人が行き交っている。

「沙羅、あっちに行きましょう」

 葵に導かれ、関係者席の前方へ向かう。
 その途中で、黒いスーツ姿の男性とすれ違った。
 足が止まる――司だ。

 整った顔立ち、背筋の通った立ち姿。
 人混みの中でも、圧倒的な存在感を放っている。
 視線が交差した瞬間、彼は立ち止まり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

「……久しぶりだな」

 低く、変わらない声。
 鼓動が早まるのを感じた。
 葵が気を利かせたのか、「知り合いに挨拶してくる」と言って離れていく。

「お元気そうで」

「君もな。……思ったより、楽しそうにやっているようだ」

 その言い方が、なぜか棘を含んで聞こえる。
 私の脳裏に、パーティーで神谷と話していた場面がよぎった。

「そう見えるなら、何よりです」

「週刊誌も、よく読ませてもらった」

「……あれはただの仕事上の付き合いです」

「そうか?」

 司の視線が、探るように私の顔をなぞる。
 あの日と同じ、感情を表に出さない瞳。
 でも、微かに熱を帯びているように感じるのは、私の錯覚なのだろうか。

 

 式典が終わった後、関係者用ラウンジで再び顔を合わせた。
 他の人々は談笑しているが、司はまっすぐこちらに向かってきた。

「少し話せるか」

 半ば命令のような声。
 断る理由を探す間もなく、彼は私を人の少ない廊下へと誘導した。

「君、神谷と付き合っているのか」

「……急に何ですか、それ」

「答えろ」

 低く、抑えられた声が耳に届く。
 彼の近さに、心臓が跳ねた。

「付き合ってません。ただの知り合いです」

「だが、あんな風に親しげに見える行動はやめろ」

「私が誰とどうしようと、もう関係ないでしょう?」

 言葉に棘を込めて返すと、司の瞳がわずかに揺れた。
 その変化を見逃さない自分が、悔しかった。

「……関係ない、か。そう言えるなら、言い続けろ」

 そう吐き捨て、彼は背を向けて歩き去った。
 残された私は、深く息をついた。
 胸の奥には、怒りとも悲しみともつかない感情が渦巻いていた。

 

 帰り道、葵が私を覗き込む。

「……やっぱり、まだ司さんのこと気にしてるでしょ」

「気にしてないわ」

「嘘。さっきの目、完全に動揺してたよ」

 否定できなかった。
 だって、司の声も、視線も、触れそうな距離感も――全部、三年前と同じ熱を帯びていたのだから。