その週末、神谷から誘いのメッセージが届いた。
 葵に背中を押され、私は銀座のレストランで彼と食事をすることになった。

「やっぱり、噂通り美人だな。司社長も、もったいないことしたんじゃない?」

 軽口を叩きながらワインを注ぐ神谷の手は、洗練されていた。
 会話も巧みで、仕事の裏話や映画の構想など、興味深い話が次々と出てくる。

「離婚してからは、どうしてるんです?」

「普通に暮らしてます。……普通、って言っても、あまり普通じゃなかったですけど」

「そりゃそうですよね。篠宮グループの社長夫人だったんですから」

 その言葉に、グラスを持つ手がわずかに震えた。
 彼の名前が出るだけで、胸の奥の何かがざわめく。

「沙羅さん、正直、司社長のこと……まだ気になります?」

 唐突な問い。
 笑って誤魔化そうとしたが、視線を逸らした私を見て、神谷は小さく笑った。

「答え、聞かなくてもわかりますよ」

 

 数日後、葵から連絡が入った。

『今夜、業界人のホームパーティーがあるんだけど来ない? 司さんも来るらしいよ』

 スマートフォンを握る手に力が入る。
 なぜ、そんな場に彼が?
 行くべきではない――そう思ったのに、気付けば「行く」と返信していた。

 

 パーティー会場は都心の高級マンション最上階。
 壁一面のガラス窓からは夜景が広がり、バーカウンターにはシャンパンのボトルが並ぶ。
 笑い声と音楽が混ざり合う中、私は入口で葵と合流した。

「来たのね。ほら、あそこ」

 視線の先――
 黒のジャケットを纏い、グラスを手に立つ司がいた。
 相変わらず整った横顔、涼やかな眼差し。
 その隣には、業界でも有名な若手女優が立っていた。
 赤いドレスに包まれた彼女は、司に微笑みかけ、肩が触れるほど近くに立っている。

 胸が締め付けられた。
 葵が何か話していたけれど、耳には入らなかった。

「沙羅?」

「……ちょっと、お手洗い」

 人混みを抜け、バルコニーへ出る。
 夜風が頬を冷やす。
 こんなはずじゃなかった。自由になるために離婚したのに、私の心は相変わらずあの人に縛られている。

「やっぱり、まだ気になるんだ」

 背後から聞き慣れた声がした。
 振り向くと、神谷が立っていた。
 彼はグラスを傾け、悪戯っぽく笑う。

「……そんな顔してる。あんな男、忘れればいいのに」

「……簡単に忘れられるなら、苦労しないわ」

 吐き出した言葉は、自分への苛立ちそのものだった。

 

 パーティーの終わり際、エレベーター前で司と目が合った。
 周囲には数人いたが、彼の視線は真っ直ぐに私を射抜いていた。
 何も言わないまま、扉が閉まる。
 その無言の一瞬が、言葉よりも雄弁に、胸をかき乱し