冬の光が、真新しい純白のチャペルを満たしていた。
天井まで届くステンドグラスからは淡い色が床に落ち、花々を抱えた参列者の視線が一斉に前方へ向く。
バージンロードの先、黒のタキシードに身を包んだ神崎隼人が、無表情のまま立っていた。
まるで絵画の中の人物のように完璧で、そして遠い。
花蓮は父に手を引かれ、足を一歩ずつ運ぶ。
シフォンのドレスの裾が床を滑り、長いベールが後ろに波打つ。
視界の端で、氷室真希が列席しているのが見えた。深い紺色のドレスに、髪をきっちりまとめ、表情は変わらない。
(今日から、この人と……)
その事実を何度心の中で繰り返しても、温度を持たない感覚が続く。
祭壇の前に着くと、父は花蓮の手を隼人へ渡した。
触れられた瞬間、隼人の指は温かいはずなのに、そこから心までは伝わってこない。
牧師の声が響き、誓いの言葉が交わされる。
花蓮は形通りの返事をし、ベールを上げられる。
視線が重なった。
隼人の瞳は深い黒で、何も映さない湖面のようだった。
「誓います」
その言葉と共に、唇が軽く触れる。
拍手が湧き、オルガンの音が高らかに鳴った。
だが花蓮の胸の奥は、ひどく静かだった。
披露宴は豪華絢爛だった。
ホテル最上階のバンケットホール、天井から下がるクリスタルのシャンデリア、壁際に並ぶ生花は香り高く、ゲストたちはシャンパンを片手に談笑している。
隼人は次々に来賓と握手を交わし、低い声で会話を続ける。
花蓮も横で笑顔を作り、応じていた。
「神崎社長の奥様、とてもお綺麗ですわ」
「羨ましい限りですね。社長はお優しいでしょう?」
社交辞令の中で、花蓮は何度も笑みを貼りつける。
隼人の隣でいても、彼が自分に視線を向けることはほとんどない。
ふと見ると、氷室が会場の隅からこちらを見ていた。何を考えているのかわからない瞳だった。
夜更け、披露宴が終わり、新居へ移動した。
神崎家の本邸は高台にあり、夜景を見下ろす大きな窓がある。
玄関から続く廊下は白い大理石で、足音が静かに響いた。
「ここが、今日からお前の家だ」
隼人が短く言い、先に歩く。
リビングはモノトーンで統一され、無駄のないインテリア。
花蓮が「綺麗ですね」と言っても、彼は振り返らない。
「疲れただろ。部屋は二階だ」
案内されたのは広い寝室。
だが、隼人はそのまま隣の部屋のドアノブに手をかけた。
「俺はこっちを使う。仕事があるから、夜は遅くなる」
それだけ言い残し、扉の向こうに消える。
閉まったドアを見つめながら、花蓮は胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。
翌日からも、隼人は朝食を共にすることなく出社し、夜遅くに帰宅する日が続いた。
たまに顔を合わせても、会話は業務的だ。
「明日の会食は何時からですか」
「午後七時。ドレスは黒か紺がいい」
そんなやりとりばかり。
ある夜、花蓮は窓辺で待っていた。
午前零時近く、外に車のライトが止まる。
降りてきたのは隼人と氷室だった。二人は何かを話しながら玄関へ向かってくる。
氷室が笑ったように見えた。
(……やっぱり、あの二人は特別なのかしら)
胸の奥がざわりと波立つ。
すぐに自分を叱る――結婚したとはいえ、愛を求めるつもりはなかったはずだ。
それでも、あの距離感に踏み込めない現実が、花蓮を静かに追い詰めていった。
天井まで届くステンドグラスからは淡い色が床に落ち、花々を抱えた参列者の視線が一斉に前方へ向く。
バージンロードの先、黒のタキシードに身を包んだ神崎隼人が、無表情のまま立っていた。
まるで絵画の中の人物のように完璧で、そして遠い。
花蓮は父に手を引かれ、足を一歩ずつ運ぶ。
シフォンのドレスの裾が床を滑り、長いベールが後ろに波打つ。
視界の端で、氷室真希が列席しているのが見えた。深い紺色のドレスに、髪をきっちりまとめ、表情は変わらない。
(今日から、この人と……)
その事実を何度心の中で繰り返しても、温度を持たない感覚が続く。
祭壇の前に着くと、父は花蓮の手を隼人へ渡した。
触れられた瞬間、隼人の指は温かいはずなのに、そこから心までは伝わってこない。
牧師の声が響き、誓いの言葉が交わされる。
花蓮は形通りの返事をし、ベールを上げられる。
視線が重なった。
隼人の瞳は深い黒で、何も映さない湖面のようだった。
「誓います」
その言葉と共に、唇が軽く触れる。
拍手が湧き、オルガンの音が高らかに鳴った。
だが花蓮の胸の奥は、ひどく静かだった。
披露宴は豪華絢爛だった。
ホテル最上階のバンケットホール、天井から下がるクリスタルのシャンデリア、壁際に並ぶ生花は香り高く、ゲストたちはシャンパンを片手に談笑している。
隼人は次々に来賓と握手を交わし、低い声で会話を続ける。
花蓮も横で笑顔を作り、応じていた。
「神崎社長の奥様、とてもお綺麗ですわ」
「羨ましい限りですね。社長はお優しいでしょう?」
社交辞令の中で、花蓮は何度も笑みを貼りつける。
隼人の隣でいても、彼が自分に視線を向けることはほとんどない。
ふと見ると、氷室が会場の隅からこちらを見ていた。何を考えているのかわからない瞳だった。
夜更け、披露宴が終わり、新居へ移動した。
神崎家の本邸は高台にあり、夜景を見下ろす大きな窓がある。
玄関から続く廊下は白い大理石で、足音が静かに響いた。
「ここが、今日からお前の家だ」
隼人が短く言い、先に歩く。
リビングはモノトーンで統一され、無駄のないインテリア。
花蓮が「綺麗ですね」と言っても、彼は振り返らない。
「疲れただろ。部屋は二階だ」
案内されたのは広い寝室。
だが、隼人はそのまま隣の部屋のドアノブに手をかけた。
「俺はこっちを使う。仕事があるから、夜は遅くなる」
それだけ言い残し、扉の向こうに消える。
閉まったドアを見つめながら、花蓮は胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。
翌日からも、隼人は朝食を共にすることなく出社し、夜遅くに帰宅する日が続いた。
たまに顔を合わせても、会話は業務的だ。
「明日の会食は何時からですか」
「午後七時。ドレスは黒か紺がいい」
そんなやりとりばかり。
ある夜、花蓮は窓辺で待っていた。
午前零時近く、外に車のライトが止まる。
降りてきたのは隼人と氷室だった。二人は何かを話しながら玄関へ向かってくる。
氷室が笑ったように見えた。
(……やっぱり、あの二人は特別なのかしら)
胸の奥がざわりと波立つ。
すぐに自分を叱る――結婚したとはいえ、愛を求めるつもりはなかったはずだ。
それでも、あの距離感に踏み込めない現実が、花蓮を静かに追い詰めていった。

