春の風が街路樹を揺らし、白い花びらが舞い落ちていた。
神崎グループ本社ビルの最上階――社長室からは、花蓮の笑い声が聞こえる。
ガラス越しに差し込む陽光が、彼女の淡いブルーのワンピースを明るく照らしていた。

「これ、本当に私がやっていいんですか?」
書類を受け取った花蓮に、隼人は穏やかに頷く。
「お前がやると決めたならな。……責任は俺が取る」
「相変わらず、全部背負おうとする」
「お前を守るのは、昔からの習慣だ」

二人の間に、あの日のような壁はもうなかった。
互いの視線はまっすぐで、余計な疑いも沈黙もない。



花蓮が窓際に移動して外を眺めると、下の広場でグループの新人研修が行われていた。
彼女が微笑ましそうに見ていると、隼人が後ろから腕を回す。
「……今、誰を見て笑った」
「え? 新人さんたちですよ」
「俺の方を見ろ」
「また嫉妬?」
「当然だ」

花蓮はくすくすと笑い、「やっぱり、その癖は治らないんですね」と肩に手を置いた。
「治す気もない」
短く返す声が、今は愛おしく感じられる。



夕方、二人は屋上庭園へ出た。
春の陽気の中、街を見下ろす景色が金色に染まっていく。
花蓮は隼人の隣で立ち止まり、指輪に光が差し込むのを眺めた。
「あの雪の夜に誓ったこと、覚えてますか」
「ああ。一生、隣にいると」
「……本当に、その通りになりましたね」
「これからもだ」

隼人の手が花蓮の手を包み込む。
その温もりは、昔も今も、変わらず彼女を守り続けている。



やがて、ビルの上空に夕星が一つ輝き始めた。
二人は同じ星を見上げ、静かに笑い合った。
過去の誤解も不安も、もう雪のように溶けて消えた。

――そして、新しい季節の中で、彼らはこれからも共に歩いていく