桜散る前に

翔太が正式に金沢に戻ってくる日、亜矢は朝早くから駅で待っていた。

一年半ぶりの再会。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、亜矢は改札口を見つめていた。

「今度こそ、もう離ればなれにならない」

そうつぶやいて、翔太からのメッセージを確認した。

『もうすぐ着きます。会えるのが楽しみです』

電車が到着する時刻になると、亜矢は緊張で手が震えた。そして、見慣れた後ろ姿が改札から現れた。

「翔太さん!」

亜矢は駆け寄った。

翔太は振り返ると、大きなスーツケースを置いて亜矢を抱きしめた。

「ただいま」

「お帰りなさい」

駅のホームで抱き合う二人に、周囲の人々が温かい視線を向けていた。

「寂しかったです」

亜矢は翔太の胸で涙を流した。

「僕もです。でも、もう大丈夫」

翔太は亜矢の髪を優しく撫でた。

「今度は、絶対に離れません」

桜屋に到着すると、健一郎が店先で待っていた。

「お帰り」

健一郎の表情は以前より穏やかだった。

「ただいまです」

翔太は深く頭を下げた。

「これからまた、よろしくお願いします」

「こちらこそだ」

健一郎は初めて翔太の肩を叩いた。

「家族として、頼りにしているぞ」

その夜、商店街の歓迎会が開かれた。

「翔太さん、お帰りなさい!」

店主たちが口々に歓迎の言葉をかけた。

「皆さん、ありがとうございます」

翔太は感激していた。

「東京では味わえない温かさです」

田中のおじさんが立ち上がった。

「翔太さんがいてくれれば、商店街も安心だ」

山田のおばさんも続いた。

「今度こそ、ずっと一緒にやっていきましょう」

翔太は深く感動した。

「必ず、皆さんの期待に応えます」

翌日から、翔太は本格的に商店街の復活に取り組み始めた。

新しく設立された金沢支社のオフィスは、商店街の一角に構えられた。現代的な設備と伝統的な外観を融合させた、まさに翔太らしい空間だった。

「素敵なオフィスですね」

亜矢が見学に来た時、感嘆の声を上げた。

「ありがとうございます。亜矢さんにも手伝ってもらいたいことがあるんです」

「私にですか?」

「はい。商店街の魅力を発信する文章を書いていただきたいんです」

翔太の提案に、亜矢の目が輝いた。

「大学で文学を学んだ経験を活かしてください」

「喜んで!」

こうして、二人は再び共同作業を始めた。今度は恋人として、そして将来の夫婦として。

最初の成果は、商店街の新しいパンフレットだった。

亜矢が書いた文章は詩的で美しく、読む人の心を掴んだ。翔太の撮影した写真と完璧に調和していた。

「これは傑作ですね」

印刷業者も絶賛した。

「きっと多くの人に響くでしょう」

パンフレットの効果は抜群だった。配布開始から一週間で、体験プログラムの予約が急増した。

「やったね」

翔太は亜矢と喜びを分かち合った。

「亜矢さんの文章の力です」

「翔太さんと一緒だから書けたんです」

二人の息はぴったりだった。

しかし、本格的な挑戦はこれからだった。

大型チェーン店への対抗策として、翔太は画期的なアイデアを提案した。

「商店街全体をテーマパーク化するんです」

店主会議での発表に、みんなが興味深そうに聞き入った。

「各店舗が連携して、一つの大きな物語を作る。訪問者は主人公として、商店街での体験を楽しむ」

具体的な計画は壮大だった。

桜屋では「和菓子職人への道」というストーリー。茶葉店では「茶の心を学ぶ旅」。乾物屋では「だしの秘密を探る冒険」。

すべての店舗が連携し、訪問者が商店街を巡りながら様々な体験を積める仕組みだった。

「素晴らしいアイデアだ」

健一郎も賛成した。

「これなら、大型店にも負けない」

準備は大変だったが、店主たちの熱意は高かった。

亜矢も積極的に参加し、各店舗のストーリーを文章にまとめた。

「本当に物語の世界みたい」

作業をしながら、亜矢は楽しそうだった。

「僕たちも物語の主人公ですからね」

翔太は亜矢を見つめて微笑んだ。

「どんな物語ですか?」

「愛の物語です」

翔太の言葉に、亜矢は頬を染めた。

「まだプロポーズもしていないのに」

「もうすぐですよ」

翔太は意味深に言った。

「もうすぐって?」

「秘密です」

翔太はいたずらっぽく笑った。

実は、翔太は密かに準備を進めていた。三年の約束まで残り三か月。その時に向けて、特別なサプライズを計画していた。

商店街テーマパーク化計画は順調に進んだ。

オープン日が近づくにつれ、メディアの注目も高まった。

「金沢の新名所」として、全国のテレビ番組で紹介されることが決まった。

「緊張しますね」

亜矢は撮影の準備をしながら言った。

「大丈夫です」

翔太は亜矢の肩を抱いた。

「僕たちが作り上げたものです。自信を持ちましょう」

撮影当日、商店街は多くのスタッフと機材で賑わった。

亜矢は和服姿で、桜屋での和菓子作り体験を実演した。

「まず、餡の固さを確認します」

カメラの前でも、亜矢は自然体だった。父から学んだ技術を、分かりやすく説明していく。

翔太は商店街全体のコーディネーターとして、撮影をサポートした。

「亜矢さん、素晴らしいですよ」

撮影の合間に、翔太が声をかけた。

「緊張してます」

「全然見えません。とても魅力的です」

翔太の言葉に、亜矢は嬉しそうに微笑んだ。

撮影は大成功だった。

番組放送後、商店街への問い合わせが殺到した。

「予約が一か月先まで埋まりました」

亜矢が嬉しそうに報告した。

「やりましたね」

翔太も満足そうだった。

「これで大型店への対策も完璧です」

実際、大型チェーン店が開店しても、商店街の人気は衰えなかった。

むしろ、個性的で温かみのある商店街の魅力が際立って、より多くの人に愛されるようになった。

「本物には本物の価値がある」

健一郎が感慨深げに言った。

「そうですね」

翔太は頷いた。

「亜矢さんと一緒に作り上げた価値です」

夕方、二人は商店街を歩いていた。

「一年前は、こんな日が来るなんて想像できませんでした」

亜矢がつぶやいた。

「僕もです」

翔太は亜矢の手を取った。

「でも、試練があったからこそ、今の幸せがあるんだと思います」

「そうですね」

亜矢は翔太を見つめた。

「翔太さんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられます」

「僕もです」

翔太は立ち止まって、亜矢を見つめた。

「亜矢さん、僕は…」

「はい?」

「もうすぐ、とても大切なお話があります」

翔太の真剣な表情に、亜矢の心臓が跳ねた。

「どんなお話ですか?」

「当日のお楽しみです」

翔太は微笑んで、歩き続けた。

亜矢は翔太の後を追いながら、胸の奥で何かが熱くなるのを感じていた。

三年の約束まで、あと三か月。

きっと、人生で最も幸せな日が待っているに違いない。

商店街に夕日が差し込んで、二人の影を長く伸ばしていた。